虜にさせてみて?
響君について考え込んでいた私は暗い顔をしていたらしく、美奈が現実へと引き戻した。

「さりげなく響君に聞いてあげようか?」

「えーっ! ……いいよ、聞かなくても」

美奈は本当に恋仲だと思っているから、心配してくれている。

聞かなくて大丈夫。

きっと聞いても響君は”うるさい”って言うだけだから。

美奈は電話を切った響君にすかさず立ち寄って、名前が出ていた先程の彼女の件を聞く。

私は、またうっとおしがられると思い、テーブルでユラユラと揺れているアルコールランプの炎を見つめていた。

「あぁ、百合の事?」

「そう、誰? 妹?」

率直に聞きながらも、妹路線を押す美奈。私は自分からは確かめられずに結局は美奈に頼ってしまっている。

響君の答えは意外なモノだった。

「東京で働いていたバーのマスターの奥さんだよ」

”マスターの奥さん”?

思わず、響君の顔を見上げてしまった。あぁ、だから美奈の話を素直に聞いていたのか。だがしかし、マスターの奥さんを呼び捨てなのは何故?

私は胸の中にあるモヤモヤする気持ちを押し殺すようにカクテルのグラスをを握りしめて、残りを一気に飲み干した。響君はそんなアタシを見てクスッと笑う。

「出会った時から”百合”って呼んでるけど、”百合さん”って呼べってうるさいんだ」

響君は私の胸中を見透かしているかのような返答をした。確かに聞きたかったけれど、聞いたら聞いたで、今度は心の中でザワザワして落ち着かない。

誰にでも呼び捨てにするなら、私は特別じゃないんだ。そう考えたら、一喜一憂していた自分が虚しくなる。

「出会った時から呼び捨てなの? 何だか怪しいな。ねぇねぇ、綺麗な人?」

「一般的には綺麗な部類に入る人で、気の利く人かな? そして、……片思いだった人」

サラリと胸の内を打ち明けた後に優しく微笑んだ響君。どんな心境ならば、素直にそんな事を言えるのか、今だに理解は出来ない。

片思いしていた人だと聞いて驚かなかった訳では無いが、響君の珍しい程の明るい会話と優しい微笑みに心が動かされた気がする。いつも、そんな風に笑っていたら良いのに。

「響君が好きだった人、見たいなぁ」

美奈はすかさず、響君に詰め寄る。そんな響君はというと、私を見ながらクスクス笑っている。

そうか、私がどんな反応を示すか試すように、何でも聞きたがる美奈を上手く利用している。

このあと、衝撃的な一言を私に浴びせた――

「いるじゃん、そこに。俺の好きな人」

自信たっぷりな表情で私を指差して言った。
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