虜にさせてみて?
「響君、有難う」

下るペースをダウンして響君と横に並ぶ。咄嗟に出た言葉に対して響君は黙っていた。

暗くて、表情はよく見えない。

「ねぇ、流れ星が落ちたら何か願い事する?」

空を見上げたら、さっきの美奈の言葉を思い出した。

「願い事なんてない。ただ、平穏に暮らしたいだけ……」

「響君は現実的だねぇ。私はね、美奈達みたいな”相思相愛”になれるような人と巡り会わせてって真剣に思ったのに……って、笑わないで!」

響君が笑うから、真剣に言った事が恥ずかしくなった。

「思ってても、そんな事を真剣に口に出す奴がいるかよっ」

「いるよっ! ここに!」

顔の火照りを感じながらも、響君と並んで下へ下へと降りて行く。

自販機まで辿り着いて、響君が御要望のブラックコーヒーのボタンを押そうとした時だった。

「ひよ、り……?」

後ろから小さな声で私の名前を呼んだのは、響君ではなく、鳴らないスマホを見つめて、連絡が来るのを待ち続けただけの相手。

”相思相愛”とは程遠い、あの人。

微かな声だけで分かった。

恐る恐る後ろを振り向く。

「しゅ……ん……」

見た瞬間に私は名前を呼んだけれど、響君は何も口には出さず、ただ眺めている。

響君が望む”平穏な日々”さえも壊してしまう事になるとは、この時はまだ気付かずにいた。
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