虜にさせてみて?
「どうかしたの? とゆーか、誰か、チーフの世話、代わって……もう、疲れたよ……」

「じゃあ、私が代わる」

同僚のさっちゃんが変わってくれる事になり、私は響君の隣に座った。

「水野さんは、お酒飲まないの?」

「俺は調子が悪くなるから、いらない」

一滴も飲まないなんて、響君は疲れているのかな?

バーテンだし、お酒好きそうなのにな……。

「水野さん、付き合い悪い! これは烏龍茶ですか? アタシがおかわりを持って来てあげますね? 皆はビールかな?」

皆の前だから、フルネームじゃなく名字で呼んだ。

フルネームで呼んだらおかしいもんね。

響君の『え? 名字?』みたいな顔をした一瞬を見逃さなかった。

冷たそうだけれど、よく見ると色んな表情をする。

そういえば響君は宴会の席が苦手そうだ。目を離したら勝手に帰りそう。

そう思いながら、飲み物を取りに行った時に駿からアプリにメッセージが来た。

”今日、会いたい”と──

タイミングが悪い。

駿とは、やっとの思いで付き合い出せた。けれども日に日に、自分が闇に落ちて行く気がしてた。

今までは離れたくないし、何を犠牲にしても一緒に居たかった。

今は違う。辛くて、心が痛いだけ。

別れ話をしようと思っている矢先に”会いたい”だなんてどうかしている。

ふさげている。

私が会いたい時には会ってくれなくて、今更になって”会いたい”だなんて聞きたくもない。

”今日は歓迎会だから無理なの”と返信した。

返事は、”関係ないじゃん。いつもみたいに出て来いよ”って――

もう私は駿に溺れていて、何でも言うことを聞く女になりたくない。

だから、返事は”行けない”とだけ送信した。
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