虜にさせてみて?
あれから私は響君を残して、車から降りて先に寮に来てしまった。

頭の中が混乱している私は、一人で部屋にも居たくなくて、かと言って、車は占領されてるから外に逃げ出す訳にも行かなくて、静まり返った玄関先に居た。

……誰も居なくて良かったよ。

無気力な私は靴を脱いでスリッパを履いた後、泣かないようにと天井を見上げた。

思い出すのは、響君の真剣な眼差しと言葉。

泣かないつもりが、涙腺が崩壊してポタポタと涙が床に落ちていく。

駿を忘れさせてくれたら、それで良かったのに相手が悪すぎた。

素っ気ないけれど純粋な心の持ち主の響ではなくて、ただ単に体だけの繋がりで気をまぎらわせてくれる相手の方が、こんなにも悩まずに済んだかもしれない。

本当に無気力で、右手の力が抜けた。

握っていた水のペットボトルがコロンと床に落ちて転がり、壁にぶつかって、また私の側に戻った。

ペットボトルを拾い上げると、再び握り締めた。

さっき渡しそびれたペットボトルは、夏だし、握っていたせいもあって、かなり温くなっていた。

ペットボトルさえも見たくなくて、無気力な私はその場でしゃがみこみ膝を折り畳み、顔を埋めた。

―――相変わらず、心の中はグチャグチャで涙しか出なかった。

誰にも会いたくない、でも誰かに慰めて欲しい、そんな矛盾も生まれていた。

唇を噛み締めて、ただひたすら静かに涙を流す。

カタン……、玄関の扉をゆっくりと開く音が背後から聞こえた。
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