虜にさせてみて?
涙を流している所を誰にも見られたくなくて私は急いで涙を拭って部屋に戻ろうとした。

「ひより?」

しかし、時は既に遅し。立ち上がった背後には響君が居る。

微かな声が聞こえた。この声は響君に間違えない。いつの間にか、声だけで判別出来るようになっていた私の耳。

「響君、大丈夫?さっきのお水、あげるね」

気まずくなり、咄嗟にペットボトルを差し出す。

響君は躊躇せずに受け取る。

「じゃあ、おやすみなさい」

私は逃げるように立ち去ろうとした。泣き顔を見られたくないから。

「……泣いてた?」

立ち去ろうとする私に声をかけてきた響君。

響君は一瞬見ただけで泣いていた事は分かっていたが、『ううん』と横に首を振る。

バレバレな嘘。

自分でも分かる位に瞼が重くて、腫れぼったいくせに……。

「悪かったよ、謝るから」

謝る?

響君よりも私の方が謝罪するべきだよ。

“ごめんね”と何度唱えただろう。

「……泣くな。どうかしてんだ、俺は。それに“別れよう”って言われても全然、気にならないから」

「気にならない?」

「あぁ。元々、付き合ってなかったんだし、気にならない」

“全然、気にならない”

“元々、付き合ってなかったし”

――私の胸の中に重くのしかかる。

響君と駿の両方から言われたような気がした。

二人共、最初から付き合ってなんかなくて、私の一方的な想いと行動と思えば気が楽になる。
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