虜にさせてみて?
お昼を食べてラウンジに戻ると、フロントのマネージャーが響と話をしていた。

「分かりました、早上がりして顔を出します」

「お宅のマネージャーには早上がりの件、伝えておくから。あ、ひよりちゃん、おかえり」

「お疲れ様です、戻りました」

フロントのマネージャーは響の叔父さんで、オーベルジュを紹介した張本人。

「ひよりちゃん、今日ね、響の両親が来るんだよ」

「言わなくていいって……」

知ってるけれど、知らないフリしてた方が無難だと思った。

「水野君の御両親もオーベルジュを気に入って下さると良いですよね」

当たり障りなく答えたつもりが、またもや響の怒りに触れてしまったようだ。

睨まれた。

「さて、戻ろうっと。チェックインの時間になってしまうから。じゃあね、ひよりちゃん。可愛くない響をよろしくね」

「いちいち、うるせーんだよっ」

「何か言ったか、響」

「別に何も」

マネージャーが去った後も響は一人でブツブツ言っていた。

「雲行き、怪しいね。夕立がきそう」

「あぁ、本当だ。こっちは早い時間に夕立がくるし、雷も頻繁になるし、山の上だからかな?」

「そうかもね、夕立がくると長い時間降ってるよね。色々、東京とは違ってて面白いでしょ?」

上手く話題を反らせたと思ったけれど、また拗ねてしまった。

「面白くない」

拗ねると、ご機嫌直るのに時間がかかるかな?

「そういえば、オッサンがうるさいから、早上がりして両親と会ってくる。百合子達も来るから、来るか?」

「ううん、仕事終わったら待ってるから、ゆっくり会ってきて」

「ゆっくり、とかウザイ」

案外早くに持ち直したと思った機嫌はまた、急降下。

どうしたらいいの?

響はすぐ拗ねるんだから、扱いにくい。

「だったら、早く帰ってきてね」

「……分かったよ。最初っからそう言えっ」

”最初から”って、早く帰って来てって言って欲しかっただけだったりして?
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