虜にさせてみて?
直接触らなくても自分でも分かる程に火照りがある事に気付いていたので、顔は真っ赤だったと思う。

実家までは電車で一時間。

車ならもう少しかかる。

実家までの距離を下を向いたまま、駿の話を聞いていた。

実家付近に到着すると近くのコンビニに停車してスマホの番号を交換する。

駿と付き合う事になった私は夜はこっそり抜け出して、駿の元へと車を走らせるようになった。

門限のない寮だから、好き勝手やり放題。

前までは寮母さんが居たらしいけれど、今は社員から選ばれる寮長だけだから、法に触れないならば(例えば飲酒運転とか)、皆が自由。

初めてのお泊りの日は連休が取れた日だった。

それまでは数時間、会うだけ。

連休が取れたので、駿が遠くまで連れ出してくれたんだよね。

夜景の綺麗なホテル。

豪華なディナー。

初めてのキスも、夜もその時だった。

甘い痺れと肌の温もりを駿から貰ったの。

全てが初めてで、自分も大人になったような気がした。

お互い会話もなくて、駿との思い出が頭をよぎっていた。

初めての事は駿から沢山貰ったよね。

恋の甘さも、切なさも、痛みも、そして、”裏切り”さえも。

いや、違うか。

最初から特別枠の絶対的な”彼女”てはなかったのだから。

駿と過ごした日々が半年ちょっと過ぎた頃、他にも女の人が居る事を知った。

駿の車の助手席に綺麗な人が乗ってるのを見かけたから。

それは一度だけじゃない。

しかも、全て別の人。

昼間も夜も会えないと言われた日にたまたま見てしまった。

それでも大好きで離れたくなくて、駿が『会いたい』と言ってくれた日は大切にしていた。

どんなに疲れていても、次の日が、まれに入る朝食サービス係りの早番でもお構い無しに必ず、会いに行ってた。

会いに行けば私だけを見てくれると期待を持ちながら。

初めはそれで良かった。

でも駿は私だけを見てくれなくて、段々と胸が苦しくなって、逃げたくなった。

そして、タイミング良く現れた響に甘えたの。

響はもう寮に着いたかな?

あの子はどうしただろう?

「駿……、あの子、大丈夫かな?」

「あの子? あぁ、千夏の事? きっと湊や響君が何とかしてくれたんじゃない?」

無責任な一言。

”千夏さん”が駿にとって、どんな存在かは分からないけれど、よくよく考えたら、ずぶ濡れだし、河に飛び込もうとしてたし心配だよ。

しかも、初対面の人に預けられても不安だらけだよね。

「駿は心配じゃないの? 駿とどんな関係かなんて知らないけど、あの子、知らない人の中に一人で不安だと思うよっ」

「そうかな? 知らない人の中に居るからって気後れするタイプじゃないと思うけど?」
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