君を愛せないと言った冷徹御曹司は、かりそめ妻に秘めた恋情を刻む
「え?」

「私が愛しているのは、今も昔も絢子だけだ」

そこから父が語った真実は、思いも寄らぬものだった。

遡ること三十二年前――。

父は一途に母を愛していた。だが政略結婚ゆえに、母にはほかに想いを寄せている人がいると勘違いしていたという。

「え……?」

「そうだ。私と絢子は互いにほかに好きな人がいると誤解し合っていたんだ」

父がそれを知ったのは、悲しくも母が亡くなったあとだったという。

法事の際、みちるの母との会話のなかで、真実にたどり着いたのだそうだ。

父も母も両想いだったのに、互いの心を深読みし、根拠のない感情に囚われ、長年苦しんでいたのだ。

「泰世さんに聞いて、本当に驚いたよ。後悔してもしきれない。それから泰世さんとは、私の知らない絢子の思い出話を聞かせてもらうために会っていたんだ。無性に絢子が恋しくなるときがあってね……」

父は切なさを滲ませて遠くを見つめた。

「でも俺は、父さんと泰世さんが街中で身を寄せ合っている現場を目撃したことがあります」

具体的な場所や時期を伝えると、父は覚えていたようであっさりと答える。

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