君を愛せないと言った冷徹御曹司は、かりそめ妻に秘めた恋情を刻む
私はボストンバッグから、あのオリーブグリーンのマフラーを取り出した。

季節外れだけれど、離れたくなくて持ってきたのだ。

ドレスなどたくさん買ってもらったけれど、このマフラーが一番うれしかった。

ぎゅっと唇を噛み締める。

……あの日、ここで郁人さんに出会わなければよかった。

そうしたら、別の未来が見えていたのかな?

いや、結局彼は母の娘である私を受け入れられなかったのだから、結果は同じだったのだ。

「私って未練がましいな」

ひとりごとをつぶやいた。自分がこんなにも諦めが悪かったなんて知らなかった。

でも大丈夫。

きっといつか、今夜ここに来たことも、笑って思い出せるようになる。

恋の忘れ方がわからなくても、時間が全部解決してくれるはずだ。

どのくらい、自分にそう言い聞かせていただろう。

「――みちる」

不意に名前を呼ばれて振り向くと、そこには郁人さんがいた。

「郁人さん? どうしてここに……?」

声が震えた。

彼はスーツ姿で、たぶん出張から帰ってきたままの姿だ。

そっと歩み寄り、切なげに目を細められる。

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