君を愛せないと言った冷徹御曹司は、かりそめ妻に秘めた恋情を刻む
「……え?」

鼻を擦っていると、不意に首もとがなにかで覆われて顔を上げた。

さっきまで彼が巻いていたオリーブグリーンのマフラーが私にかけられている。

滑らかな肌触りのカシミヤからは彼の体温と甘い匂いを感じ、胸がドキンッと跳ねた。

「風邪をひくといけない」

「あの、このマフラー……」

「君にあげる。話を聞いてくれた礼だ」

いきなり高級そうなマフラーをもらってしまった。本当にいいのだろうか。

「家まで送るよ」

「……はい」

そのまま帰る流れになった。

彼と横並びで、アパートへの帰り道をたどる。

名残惜しくてなるべくゆっくり歩いたけれどすぐそこだ。

あっという間に着いてしまった。

「ありがとうございます」

アパートの前で、私は笑顔を向けた。

「ああ」

「あっ、すぐに戻って来るので、少しだけ待ってもらえますか?」

彼に声をかけ、外階段を駆け上がった。二階の部屋から私が普段使っているマフラーを手に取る。彼のところに引き返してそれを差し出した。

「これを代わりにどうぞ」

色はアイボリーだから、男性が巻いてもおかしくないだろう。

「俺に?」

「はい。本当はあなたのマフラーを返したほうがいいと思うのですが」

言いながら、ちょっと申し訳なくなってきた。私のほうは素材もアクリルだ。

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