君を愛せないと言った冷徹御曹司は、かりそめ妻に秘めた恋情を刻む
しかし心だけの浮気のほうが本気を感じるのだと、母は苦しんでいた。俺はそれをそばでずっと見続けていたのだ。

そうして五年前に不慮の事故で母が亡くなり、さらに二年の月日が経ったときだった。

街中で父が母の親友だった女性――泰世さんと、体を寄せ合っている現場を目撃したのは。

疑いようもなく親密な関係に見え、父の秘書を問い質すと、『奥さまがお亡くなりになられてから、旦那さまは泰世さんと月に数回お会いされていますよ』とあっさり答えが返ってきた。

まさか父が泰世さんと深い関係になっていたとは思ってもみなかった。

ふたりは母を裏切ったのだ。

たとえもう母がこの世にいなくても、どうしても心情的に受け入れられなかった。

しかも先月になり、父はいきなり俺に泰世さんの娘と結婚するよう命じたのだ。

俺がなにもかも知っているなど、露ほども思っていないのだろう。

悪い夢なら今すぐ覚めてほしかった。

だが、たしかに先ほど橋の上で出会った彼女の言う通り、泰世さんの娘にはなんの罪もない。

娘を責めるなら、俺も妻の親友に手を出した男の息子なのだから同罪だ。

わだかまりがないわけではないが、娘がどんな人物か知りもせずにはねつけるのは早計だろう。

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