君を愛せないと言った冷徹御曹司は、かりそめ妻に秘めた恋情を刻む
「いえ、あのときはなにも知らなかったです」

どうして私が偶然を装わなければいけないのだろう。

「とぼけるな。今思えば、見ず知らずの人間があんなふうに距離を詰めてくるのはおかしすぎる」

「そう言われても……」

「俺が結婚相手だと知っていたんだろ」

「えっ、郁人さんが結婚相手? 私はここに住み込みのお手伝いさんとしてやって来たのですが」

郁人さんはなにを言っているのだろう。

頭が混乱した。

でもそういえば、あの日彼は一週間後に彼の家で結婚相手と顔合わせをすると言っていた。今日がその日だ。

「俺を誑かそうとしたわりには下手な嘘をつく」

「嘘じゃありません」

必死に否定するも、郁人さんは聞く耳を持ってくれない。

本当にわけがわからなかった。

「今日の顔合わせが首尾よくいくように、事前に俺に取り入っておこうとしたんだろう。冷静に考えれば、母を裏切った女の娘など薦めるはずがない。それなのに俺と君は運命だとか、素敵な女性と幸せな結婚ができるなどと言葉巧みに吹き込んで、俺をうまく懐柔したつもりだったか?」

「なっ……!」

「君の母の葬儀や墓は父が手配したそうだな。金が目的か? 今さら君がなにを考えていても驚きはしない」

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