君を愛せないと言った冷徹御曹司は、かりそめ妻に秘めた恋情を刻む
「俺は君を愛せない」
桐嶋のおじさまに結婚の意思を伝えに行くと、涙を滲ませるほどの喜びようだった。

驚く私とは裏腹に、郁人さんは冷めた目で見ていた。

私の胸中には、様々な感情が蠢いていた。

本当にこれでよかったのだろうか。こうするほかなかったのだろうか。

どれだけ考えても答えは出なかった。

すぐに入籍を済ませた私たちは書類の上で夫婦になる。

新居は桐嶋家の屋敷の離れに決まった。

離れと言っても母屋と同じ敷地内にあるだけで、そちらも豪邸と呼べるほどの広さがあり、桐嶋のおじさま――もうお義父さまと呼ぶべきだ――と、絢子さんが結婚した際に増築したそうだ。母屋と同じく瀟洒な佇まいの洋館だった。

そこで郁人さんとふたりきりの生活だけれど、彼は仕事で会食が多く、家で晩ごはんを食べる機会は月に数回しかないのだそうだ。

そのため、朝は離れで郁人さんと、昼はひとりで、夜は母屋でお義父さまや真紘さんと食事をさせてもらうことになった。「新婚早々、昼も夜もひとりぼっちなんて寂しいよ」と真紘さんが誘ってくれたのだ。

ここにやって来てもう一週間、郁人さんはふたりきりになると、ほとんど口も利かない。

毎晩同じ寝室でひとつのベッドで眠っていても、とても遠い存在に感じる。

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