君を愛せないと言った冷徹御曹司は、かりそめ妻に秘めた恋情を刻む
パニックになる私を見てため息をついた彼は、しかし立ち上がろうとはしない。

上質そうなロングコートが汚れるのを気にもせずに、長い脚を投げ出している。

あまりにも絵になっていて、つい状況を忘れて見つめてしまった。

なんてきれいな人なんだろう。見た目だけではなく、内から滲み出る美しさがある。

「けがはしていないか?」

不意に尋ねられ、私は我に返る。

「えっ、はい。あなたは?」

「大丈夫だ」

「……本当にすみませんでした。せめてクリーニング代だけでもお支払いさせてください」

重ね重ね謝り、そう申し出た。

洋服の布地を傷めたかもしれないし、それだけでは不十分かもと思いつつ、男性の返事を待つ。

「必要ないよ」

男性は端的に言い切って話を終えてしまった。

だからと言って『はいそうですか。では』とは引き下がれない。

「私、本当に慌て者で……。よくよく考えればこの橋はそんなに高さもないし、川も大きくないし、ここを死に場所に選ぶ人はいないですよね」

欄干から身を乗り出しただけで自殺志願者だと判断するなんて、思考回路が単純すぎた。浅慮な自分が恥ずかしい。

「勘違いだったとしても、赤の他人を助けるためにとっさに行動できる人はそうそういないよ」

< 5 / 121 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop