君を愛せないと言った冷徹御曹司は、かりそめ妻に秘めた恋情を刻む
「本当にありがとうございます。こんなに素敵なお洋服が着られるなんて、明日はお姫さま気分になりそうです」

「お姫さま?」

私の発言に、郁人さんは目をぱちくりさせた。

「あ、えっと、ドレスなんて一着も持っていなかったらうれしくて……」

私も女の子だからつい高揚してしまった。

代理でパーティーに出席するだけなのに浮かれているのかと呆れられただろうか。

それとも自分の立場をわきまえろ、状況がわかっているのかと、不快な気持ちになっただろうか。

たとえ社交辞令でも『君に似合いそうだ』と言われたのがうれしかったのもあった。

私は楽観的すぎるから、気をつけなければ。

郁人さんは目を泳がせ、手で口もとを覆った。

なにを言われるだろうと身構える。

「あの……郁人さん……?」

「……もういいか? 風呂に入ってくる」

「あ、はい」

私がうなずくと、彼はさっさとクローゼットを出て行ってしまった。

嫌な感じではなさそうだったけれど、よくわからない。少し頬が赤かったように見えたのは、思い違いだろうか。

彼の心の中を読み取るのは難解すぎる。


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