君を愛せないと言った冷徹御曹司は、かりそめ妻に秘めた恋情を刻む
いたたまれなさでいっぱいになる私を慰めるように、彼が口にした。

いきなり羽交い締めにされたのに責めもせず、ドジな私を肯定してくれるなんて、とても優しい人だ。

彼は欄干にもたれ、感情の読めない表情で真っ暗な川を見やる。

「それに川の冷たさで心臓麻痺を起こすかもしれないし、ここからでも十分死ねそうだ、とは思っていた」

「え?」

それはどういう意味だろう。

積極的に自殺しようとは思っていなかったとしても、投げやりな気持ちは抱いていた?

「なにかあってここに来たんですか?」

聞かれたくなければあんな言い方はしないはずだ。そう見込んで問いかけた。

ちょこんと隣に座ると、彼は私に視線を向ける。

「ここに来たのは、仕事帰りに海が見たくなったが、思いつきで行くには遠いし、たまたまこの近くを通りかかったからだ」

彼の答えに、一瞬で高揚する。

「私と一緒です。私も海が見たくなったんですけど、遠いなあと思ってここに来たんです」

まさか川を海代わりにするという、同じ考えの人がいるとは。

「運命みたいですね」

声を弾ませた私に、彼は虚を衝かれた顔になる。

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