君を愛せないと言った冷徹御曹司は、かりそめ妻に秘めた恋情を刻む
「すみません、私、少し席を……」

料理を置き、いったん離れようと踏み出したときだった。

ヒールに足を取られ、派手に転んでしまう。

「きゃあ……!」

周囲のゲストが慌てて身を引く。

私は料理や飲み物をかぶり、たったひとり見るも無残な状態で絨毯の上に座ったまま呆然とした。

係の人が迅速に片付けてくれ、「大丈夫ですか」と声をかけられるも反応できない。

付け焼き刃のマナーでやって来て、ヒールのパンプスすら履きこなせない私は到底、上流階級の人たちと並び歩けるはずがなかった。

お姫さま気分だなんてのん気に言っていた、昨日の自分が恥ずかしい。

きれいなドレスを着て表面だけを整えても、中身が伴っていなければ意味がないのだ。それをまざまざと突きつけられた気がした。

周囲からクスクスと嘲笑が聞こえる気がするのは、ただの被害妄想だろうか。

「みちる、大丈夫か?」

とっさに顔を上げると、郁人さんがいた。

いつの間に駆けつけてくれたのだろう。

着ていたジャケットを脱ぎ、私を包んでくれる。ふわっと横抱きにされて、私は慌てふためいた。

「い、郁人さん?」

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