君を愛せないと言った冷徹御曹司は、かりそめ妻に秘めた恋情を刻む
体が密着して顔が近い。

初めて名前を呼ばれたことにも驚き、心臓が早鐘を打った。

「足を挫いたんだろ。傷めるといけない」

「でも郁人さんのスーツが汚れてしまいます」

「そんなものは気にするな」

郁人さんはスーツの汚れも周囲の視線もものともしなかった。

係の人に声をかけ、私を抱き上げたまま会場を出て行こうとする。

「郁人さん、お待ちになって」

それを史乃さんが追いかけてきた。

「なんでしょうか?」

足を止めた郁人さんが振り返る。

「失礼を承知の上で申し上げますが、みちるさんは郁人さんに相応しくないのでは? どうしてご結婚をお決めになられたのか、わたくしにはちっとも理解できませんの」

とうとう歯に衣着せぬ物言いで、史乃さんは郁人さんを問い質した。その美しい顔には怒気さえ孕んでいるように見える。

彼女は郁人さんが好きなのだと、私はやっと察した。

「『どうして結婚を』ですか? みちるを愛しているから以外の答えがありませんが」

「えっ……?」

私は思わず郁人さんを見た。

もちろん嘘だとわかっている。それでも彼が口にする言葉だとは思えなかったのだ。

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