君を愛せないと言った冷徹御曹司は、かりそめ妻に秘めた恋情を刻む
みんなの前ではなにも言わなかったけれど、郁人さんは私に呆れていたのだ。

当然だろう。郁人さんの妻として同伴したパーティー会場で、慣れないヒールで転んで料理や飲み物をかぶる醜態を晒したのだ。あの場で見捨てられたとしてもしかたがないくらいだった。史乃さんが言っていた通り、私は本当に彼に相応しくない。

「すみません。私のせいで郁人さんに恥をかかせてしまいました」

「俺のせいで嫌な思いをさせたな。すまなかった」

「えっ……?」

「ああいう場は華やかに見えて、裏では陰湿な争いが繰り広げられている。史乃さんの君に対する言動も、優位性を誇示するためだろう。こうなる予感がしたから、君を同伴するのをためらっていた」

彼は私に失望しているのではなく、むしろ私に申し訳なく思っていたのだ。

それを知った途端、たまらない気持ちになった。

私をパーティーに連れて行きたくなかったのは、私のためだったのだ。

史乃さんの態度は、ヤキモチからだと思う。

やっぱり郁人さんは、ものすごく優しい。あの日となにも変わっていない。

それを垣間見ることができた。

「ありがとうございます……」

うれしくて涙が出そうだった。

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