君を愛せないと言った冷徹御曹司は、かりそめ妻に秘めた恋情を刻む
「兄さん、すごい顔。みちるちゃんに触ったからってヤキモチ焼かないでよ」

郁人さんは不機嫌な様子を隠そうともせず、私は気が気ではなくなった。

私が真紘さんを誑かそうとしていたと、また勘違いされてしまったのだろうか。

「はは、家族なんだからヤキモチもなにもないだろう。なあ郁人」

お義父さまは笑い飛ばした。

「疲れたので離れに戻って休みます」

郁人さんはお義父さまの言葉に同意せず、それだけ口にして踵を返した。

リビングに取り残された私たちは、その場に立ち尽くしてしまう。

「なんだ、郁人は愛想がないな。子どもの頃はよく笑う子だったのに」

お義父さまは眉を跳ね上げた。

「私も離れに戻ります。真紘さん、いろいろありがとうございました」

「どういたしまして。ワルツの続きは兄さんに教えてもらってね」

「はい」

ぺこっと頭を下げて、小走りで母屋を出た。

すでに庭には郁人さんの姿はなく、私が離れに着いたときにはバスルームからシャワーの音がした。

少しでも早く弁明したかったのに、機を逃してしまったようだ。

郁人さんは私と顔を合わせずに二階に上がってしまう。

< 72 / 121 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop