君を愛せないと言った冷徹御曹司は、かりそめ妻に秘めた恋情を刻む
「そうだな」

「見た目じゃなくって、雰囲気が似てるって思ったのかな」

とても優しそうな人だった。

「子どもは本当にかわいい」

郁人さんはすっかりはるとくんの愛らしさにあてられたようだ。

「郁人さん、ずっと訊いてみたかったんですが、私が一歳のとき、桐嶋家のお屋敷の廊下で初めて立って、転びかけたのを覚えていますか?」

今どうしても質問したくなった。

少し間があったあと、郁人さんがうなずく。

「そういえば、そんなことがあった」

「柱の角に頭をぶつけかけた私を、郁人さんが支えて助けてくれたんです」

「たしか、そばにいたのが俺だけだったからな」

「ずっと私を見守ってくれていたんだと聞いています」

そう伝えると、彼は少しこそばゆそうな表情になった。

訊いてよかったと、胸がいっぱいになる。

あっという間に海に着いた。

ウォーキングしている人がちらほらいるものの、オフシーズンの砂浜にはほとんど人がいない。

広大で遠浅な海は波が穏やかだった。

二十年前のエピソードを思い出し感極まっていたのもあって、猛烈に体を動かしたくなってくる。

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