君を愛せないと言った冷徹御曹司は、かりそめ妻に秘めた恋情を刻む
「郁人さん、少し走ってもいいですか?」

「砂の上を?」

「はい」

私は本能の赴くままに砂浜を走った。しかしアスファルトの道とは違い、サラサラで柔らかい砂の凹凸に足を取られてしまう。

あまりのハードさに、すぐに郁人さんのもとに引き返すと、乱れた息のまま微笑みかける。

「足腰が鍛えられました」

「……君はどこまでも無邪気だな」

郁人さんは私の突飛な行動に、ちょっと引いている。

「裸足のほうが走りやすかったかも」

「足の裏をけがするぞ」

「たしかにその通りですね」

神妙な顔でうなずくと、郁人さんがいきなり「ぷぱっ」と噴き出した。

「え?」

郁人さんが笑ってる?

思わず目を奪われていると、優しい眼差しを注がれる。

「君は奇想天外で、なにをしでかすかわからない」

「すみません……」

「でも、その言動が周りの人を不快にすることは決してない。むしろ、俺はいつも楽しい気持ちになるんだ」

彼がなにを語り始めたのか、すぐには理解できなかった。

「こうしてまっすぐに向き合えば、本当の君が簡単に見えてくるのに、結局俺は君と君の母を切り離せていなくて、君を見る目にフィルターがかかってしまっていた。君は俺の正体など知らなかったし、本当にお手伝いさんとして雇ってもらえると思っていたんだろ」

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