君を愛せないと言った冷徹御曹司は、かりそめ妻に秘めた恋情を刻む
「なにか理由があったのかも」

遠目ではわからないことがあったはずだ。

「君は君の母を信じるということか」

「母とお義父さまを信じます」

「父も?」

「はい。だって郁人さんのお父さまだから。私たちを強引に結婚させたり、ちょっとびっくりするときもあるけど、絢子さんの気持ちを踏みにじる行為は絶対にしないと思います。私が離れで料理をすることになったのも、お義父さまが絢子さんの思い出を話してくれたからなんです。そのとき、お義父さまはとても愛おしそうな表情をしていました。きっとお義父さまは絢子さんを誰よりも大切に思っていたはずです」

実のところ私には、お義父さまが長年想いを寄せていた女性がいるという話自体、なんだか釈然としないのだ。

もちろんなんの根拠もないけれど。

「たしかに父は母を大切にしていた。だがそれはほかに好きな女性がいる後ろめたさからかと」

「結局のところ真実は、お義父さましか知りません」

「父に直接聞くほかないということか」

「聞かなくていいと思います」

「え?」

「郁人さんもふたりを信じましょう?」

聞いたところでこちらが疑っていれば堂々巡りになるだけだ。

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