君を愛せないと言った冷徹御曹司は、かりそめ妻に秘めた恋情を刻む
それならもう丸ごと信じてしまおう。

お義父さまが妻を、母が親友を裏切るはずがない。

私は母がどんな人だったか誰よりも知っている。人として、女性として、母親として、本当に素敵な人だった。体が弱かったけれど、大切に育ててもらった。どんなときも前向きでいようと思えるのは、間違いなく母のおかげだ。

郁人さんも自分の父がどんな人なのか、きちんとわかっているはずだ。

郁人さんの背後で、海面がキラキラと輝いている。

本当にきれいな光景だった。

「相変わらず君は、俺にはない感覚を持っている」

郁人さんは呆然とつぶやいた。

それからおもむろに優しい目をする。

「今すぐ父たちを信じるとは言い切れないが、君を信じる」

「私を? 本当ですか……?」

「ああ。君の言葉はいつも、どうしようもなく俺の心に響く」

私を見つめる彼は、穏やかに微笑んでいた。

ぎゅっと胸が締めつけられて、目が潤みそうになる。

これ以上ないくらいうれしい言葉だ。

「ありがとうございます……」

「俺のほうこそ礼を言う。ありがとう」

「はい……。私、ずっとずっと、郁人さんの笑顔が見たいと思っていたんです」

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