君を愛せないと言った冷徹御曹司は、かりそめ妻に秘めた恋情を刻む
そして今の俺は、『母とお義父さまを信じます』と言ったみちるを信じる。その思いは揺るぎなかった。

だから、みちるに正式にプロポーズするために、母とみちるの母に結婚の挨拶をしに来たのだ。

牧野を車に残し、歴史ある寺院の美しい庭園を通り抜け、歩いて墓地に向かった。

ここに来るのはひさしぶりだ。

都心部にありながらも緑豊かな墓地は、広々としていて明るく、とても静かだった。

桐嶋家と中野家、手入れの行き届いたふたつの墓に花を手向ける。

みちるの母に対する憎しみの感情は、不思議なくらいなかった。

両方を見つめているとその前で、母とみちるの母が楽しそうに笑っている気がした。

みちるさんと正式に結婚させてください。

天国のふたりの母に心の中で決意を伝え、俺は寺院をあとにした。


午後五時頃、屋敷の離れに帰宅した。

「郁人さま、おかえりなさいませ」

佐藤さんに出迎えられたが、みちるの姿がない。

「ただいま」

「あら、きれいな花束ですね。みちるさまにですか?」

「ああ、みちるは?」

「それが朝に大きな荷物を持ってお出かけになったきり、お戻りになっていないのです」

俺は目を瞬かせた。

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