俺はずっと片想いを続けるだけ
俺の声が届いていたのか判らない。

最初からトップギアのスピードの走りに呆気に取られた。
彼女の運動神経の良さは、初等部の校庭で何度も目にしてた。
しかし間近で見ると、爆走としか言い様がないくらいだ。
とても追い付けないことは承知しているが、取り敢えず俺も彼女の後を追う。

彼女が客室まで迷わずに戻れたらいいが、間違ってホールの方へ行ってしまったら、まだ残っている酔客達に、あの妖艶な姿を見られてしまう。
そんな事になったら、俺はあいつらをここから帰さない。

俺が客室前の廊下から見えたのは、翻ったガウンの裾だった。
良かった、ちゃんと部屋に戻れてる。

客室の扉の前にたどり着くと、内側から鍵を掛けた音がした。
当然、外からも開けられる鍵だが、俺は今夜はこのままにしておこうと、思った。

そのまま扉を背にして座った。

どうしてこんなことになったかな。

イーサンから見た俺は、グレイスに関するとポンコツらしい。
その通りだ。

何でこんな大事な場面で。
自分が情けなかった。
この日が来ることを何年待ちわびた?

父からは「気持ち悪い男」と言われ。
母からは「ちょっとアレだから」なんて残念がられて。
妹には痛いモノ扱いされた。
親友には最初「お前何言ってんの」とムカつかれて。
主には「秘密にしてていいんだよ」と気遣われた。

10年だ。
10年かかって、この夜にこぎつけたのに。
水分がまだ残っていたみたいだ…。

廊下の片側には、大きな飾り窓が続いていた。
そこから青い月の光が差し込んでいた。

今夜はここで眠ろうか。

今の君から一番近くで。
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