鉄仮面御曹司が愛に目覚めたら、契約妻は一途な熱情に抗えない
「この話が本当か、疑われたかと思います」
「はい。正直混乱しました。ただ、神楽坂さんが私にとても悪いと罪悪感を持っているのも感じました」
 喫茶店で、私に漬け込もうとしていると自ら言っていた。
「私も、これからまた開店資金を貯めるのは難しいと思っています。長い目で見れば再度お金は貯まるかもしれませんが、その瞬間まで気力が持つかわかりません」
 マイナスからのスタートに、どこまで情熱を持ち続けられるか不安もある。
 もういいや、お金を失った時点で夢は終わっていたのだと、諦める道を選ぶ未来も否定できない。
 膝の上で握った拳に力が入る。
「……僕も、人をどう愛するのかわからない癖に結婚した事実だけ欲しがるなんて、勝手だと自覚しています。きっと死んだら地獄に落ちる」
 神楽坂さんは真剣だ。ふざけて言っている訳ではないのが、表情や声色から伝わってきている。
 まだ悩んでいるんだろうか、でもそれが普通か。私がおかしくなってしまったんだろうか。
「人を騙してこれを実行したら、地獄に落ちると思います。けれど神楽坂さんは、対価を用意してくれています。私にはそれが必要です」
 こんな言い方じゃ、まるでお金目当てだ。実際そうなのだけど、自分を責める神楽坂さんを見ていられなくなってしまった。
 結局、私はお人好しなのかもしれない。
 私が我慢すればいい、そんな悪癖が実家から離れても直らないでいる。
 だけど今は、それで良かったとも思える。
 嫌な奴になってもいいと、この人の前だと思える。
 ホテルでの神楽坂さんの仕事ぶりは、そのくらい誠意があって信用に値していたから。
 
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