鉄仮面御曹司が愛に目覚めたら、契約妻は一途な熱情に抗えない
その夜、私は国治さんが帰ってきても今日妹に会ったことは言えないでいた。
 お金を返して貰える可能性はないとわかっていたのに、妹からの謝罪を期待していたのかもしれない。
 のこのこ会いにいって、あのザマだった。
 結果はやはりというか、謝罪さえもなく、酷いとまで言われた。
 国治さんとの生活が心地よくてまるくなった心を、自分が吐いた荒い言葉で削ぎおとしてギザギザにしてしまった。
 荒く酷い言葉は嫌いだ。だから使わないで生きているのに、今日は始めから我慢がきかなかった。
 妹の言葉を思い出して、気持ちがイラつき落ち着かない。
 ここが私の安心できる場所だから、涙が自然に出る。
 国治さんは職業柄、人の表情や変化を察するのに長けている。
 私がいくらごまかしたって、きっとすぐに見抜かれてしまうだろう。
 だからせめて今夜。今夜さえ乗り越えれば、明日には多少落ち着くだろうから。
 夕飯の支度をし、私は早々に調子が良くないと嘘をついて自分の寝室にこもった。
 スマホには、妹からの着信とメッセージが並ぶ。
 メッセージは目を通さずに消して、妹の番号を着信拒否にしたら大きな溜息が出た。
 真っ暗な部屋で耳を澄ませると、微かにシンクからの水音が聞こえてきた。
 カチャカチャと聞こえる音を聞きながら、目を閉じる。
 国治さんが夕飯で使った食器を洗ってくれているのだろう。
 私は食事、国治さんは掃除と大まかな分担を決めたのだけど、食器を洗うのは国治さんが率先して取り組んでくれる。
 ワイシャツの袖を捲って、黙々と洗い物をする姿を見るのが好きだ。
 時々視線に気づかれて目が合うと、ふっと小さく笑ってまた食器洗いを続ける姿が好き。
 私はその瞬間、まぎれもなく幸せな気持ちになって満たされる。
 そこには私たちの間にしかない、特別な空気があった。
 同志で、皆を欺く共犯者で、あとは言葉にできない何か。
 そのうちに水音が止まり、静かになる。
 今日はもう、このまま眠ってしまおうと更にキツく目を閉じたとき。
 少しして、ドアが控えめにノックされた。
「琴子さん。いまいいかな?」
 寝たフリをしてやり過ごそうとしたけれど、国治さんには絶対に見抜かれていそうなので覚悟を決めてベッドから出る。
 手櫛で乱れた髪を整えて、静かに深呼吸をしてからドアを開けた。
 
 
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