鉄仮面御曹司が愛に目覚めたら、契約妻は一途な熱情に抗えない
「具合はどう?」
 国治さんは部屋に入ろうとはせずに、私の具合を聞いてくれた。
 明るい廊下とは違って、真っ暗な私の寝室。メイクも落とさず、もしかしたら目元は赤いかもしれない。
 下を向いて顔を見せないようにしようとしたのに、優しい声色に国治さんの顔を見てしまった。
 大丈夫です。心配かけてしまってごめんなさい。
 そう言葉にしたくても、なかなか出てこない。
 何も言わずにいる私に、国治さんは「中に入ってもいい?」と聞いてきた。
 私は無言で頷く。
 寝室の明かりはつけないまま、ドアを開けて明り取りにした。
 もう誤魔化すことは難しいし、何かあったことを隠す気力が無くなってしまった。
 無気力にベッドに腰かけた私に、「隣、ごめんね」と国治さんが座った。
 ギシッと、ベッドが鈍く軋む。
 しばし沈黙の時間があって、私はぼんやりと開いたドアの向こうの廊下を眺めていた。
「琴子さん、ここに手、乗せられる?」
 国治さんは自分の大きな手のひらを、私の膝の上で浮かすように広げた。
 私は少し迷って、そうっと手のひらを重ねた。私たちが形式上でも夫婦になってから、初めて手を繋いでいる。
 国治さんの手のひらは、私よりも体温が高くて温かい。
「……今日、琴子さんに何があったか。物凄く聞きたいけど、言いたくないなら言わなくていい」 
 手のひらを、優しい力で握られる。
「僕は、琴子さんの味方だ。こうやって一緒に生活をしてきて、琴子さんがとても真面目で明るくて、頑張り屋だってことを知ってるからね」
 その言葉が嬉しくて、だけどそんな清廉潔白な人間じゃないと首を振る。
「……そんな、私はいい人間じゃないんです」
 言葉にしたら、我慢していた涙があふれてくる。
 国治さんが見ている私は、国治さんの前では良い人でいたい私だ。
 本当の私は酷い言葉も使うし、怒りに任せたら顔も歪む。
 嫌だ、こわい。私を叱っていた母の顔ときっと同じだ。
 重ねられた手から伝わる熱にすがりたくて、国治さんの手のひらを握る自分の手に力が入る。
 国治さんは、しっかりと更に握り返してくれた。
「でも、僕はそういう琴子さんもいいと思うんだ。あんな成り行きで僕の計画に琴子さんを巻き込んだけど……琴子さんが奥さんに、家族になってくれて嬉しい」
 涙でくちゃくちゃになった私の顔をのぞき込んで、国治さんが照れた顔で微笑む。
 はじめて、そんな顔を見た。
 『いまだけ』『一時だけ』ときっとあえて言わずに、嬉しいと言ってくれた。
 私は、国治さんの家族なんだ。
 ひとりじゃないんだ。
 例えあと少しで解除する関係でも、なにも残らない訳じゃないんだ。
 そう確信できたら、今日あったことも話ができる。
 私は国治さんに何度もありがとうと伝えて、それから今日起きた全ての話をした。
 
 
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