保健室の君。
ID交換
先輩はまた、次が体育でここからだと近いから、とお昼を食べに来た。
「そういえば、体育の岡山先生、もうすぐ結婚するって噂があるの知ってるか」
「そうなんですか?」
今日はそんな話題から始まった。
急に身なりに気を遣い始めて、かっこよくなったと噂らしい。
「それだけじゃあ」
何の根拠もない。
「まあな。噂なんてそんなもんだろ」
「そうですね」
話題が途切れてしまった。先輩は気まずくないのだろうか。
ちらっと上目遣いで先輩を盗み見る。俯いて自分のお弁当を見ているふりをしながら。
先輩も自分のお弁当に視線をやっているけれど、次に食べるおかずを選んでいるようで、特に気まずそうとか、不機嫌そうとか負の感情は感じられない。
なんで先輩は私とお昼を食べているんだろう。
ふと気になったけれど、私とじゃなくて、保健室でお昼を食べたいだけだ、と思い直した。
深く考えて答えが出るものでも無いし、何か、藪蛇というか、考えたら負けな気がした。
ただの勘だけど。深く考えるのはよそう。
「そういえば、もうすぐ期末試験ですね」
保健室を出ていない私の情報は少ないもので、そんな話題しか出てこなかった。
「そうだな」
期末は芸術系などの副教科の試験もあり、科目数が2つほど増えるので大変だ。
「そういえば、先輩は文系ですか? 理系ですか?」
ふと、知らなかったな、と思い聞いてみた。先輩は文系と答えた。
「立花は?」
「私も文系です」
「それで社会苦手はしんどいな」
「そうなんですよ」
私は笑った。笑えていることが不思議だった。コンプレックスだったのに。
先輩が、しんどいな、と断定してくれたのが良かったのかもしれない。
しんどくない? とか疑問形で聞かれると、聞いた人は気を遣って失礼の無いように話してくれていると思うが、少なくとも私は、ネガティブが発動して、文系なのに苦手ですみません、という気持ちになってしまう。
断定されることで、少しだけ寄り添って貰えた気になれた。
別に、文系科目が苦手だから理系に進むわけでも、理系科目が苦手だから文系に進んだわけでもない。
まあ、文系の私が数学を苦手としていることに変わりは無いのだが。
3年生の先輩と関わっていると、少し見方が変わった。
そうだ、進路だ。
行きたい大学や行きたい学部、受験科目などを参考に文系理系のコース選択をしたのだ。
「先輩は、苦手な科目ってありますか」
視野が広がったところで、少し心に余裕が出来た私が聞くと、先輩は古文と答えた。
「意外です」
「苦手っていうか、嫌い? つい、他の科目に時間割いちゃって、いつも点数がぎりぎりになる」
「へぇ」
そんなこともあるのか。
時間の使い方の問題。
そうなると多分この先輩は頭が良くて、特に苦手な科目は無いのだろうと思った。
「安曇先生の授業ってつまんないじゃん」
私はそうですか? と首をかしげる。好きな先生のことなので、これは簡単に賛同できない。
「熱心で良い先生ですよ」
前回も、安曇先生の話を先輩としたな、と思い出した。
「いや、良い先生ではあるんだけど」
先輩は先輩で、つまらない、の説明をしようと言葉を探していた。
ああ、そうか。
私もふと思い立って安曇先生の古文の授業を思い出す。
私は読書が好きだし、古典も好きなので、安曇先生の授業は面白い。
しかし、先輩が古文を嫌い、と表現したように興味の無い生徒にとっては、興味をくすぐられる話題はあまりない。
授業中に安曇先生は他の話題をほとんど挟まないからだ。
「先輩、読書は好きですか」
お節介心が首をもたげた。
「ん? ああ。嫌いじゃないよ。普通に好き」
「古典を漫画で読んだり、現代語訳をサクッと読んだりして先に流れをつかんでおくと、授業を面白く感じられるかもしれませんよ」
去年、放課後に安曇先生とお喋りしていて、図書館の新刊の話をしていた時に漫画を勧められた。
厳しくて釣り目の安曇先生に漫画のイメージが無くて、とても意外だった。
紫式部の源氏物語をパロディにした漫画だった。
似たような漫画はいくつかあるが、その中で最も原作に忠実な漫画が図書館に新刊として入ったらしい。
安曇先生はそれをお勧めしてくれて、楽しくお喋りできた。
全然、怖い先生じゃないのだ。
厳しいイメージのせいで、放課後に安曇先生と談笑する生徒は私くらいのものだろう。
それなら、そこで聞いたことは出来るだけ他の生徒と共有すべきだと思った。
「この漫画、安曇先生が去年勧めてくれて、面白かったです」
原作に忠実で、原作の解説も踏まえながらの少女漫画。とっつきやすいが男子の先輩に進めるのもどうかな、と思いながら私はスマホでその漫画のパッケージを見せながら話した。
「へえ。あ。じゃあそのURL送ってくれよ」
「え? 良いですけど」
そんな流れで、この日は先輩とメッセージアプリのIDを交換した。
最初のメッセージで何を送れば良いかわからないので、私は機械的にURLだけを送っておいた。
先輩は日本史の武将と猫のキャラクターがコラボしたようなスタンプでサンキュー、と表現していた。
「そういえば、体育の岡山先生、もうすぐ結婚するって噂があるの知ってるか」
「そうなんですか?」
今日はそんな話題から始まった。
急に身なりに気を遣い始めて、かっこよくなったと噂らしい。
「それだけじゃあ」
何の根拠もない。
「まあな。噂なんてそんなもんだろ」
「そうですね」
話題が途切れてしまった。先輩は気まずくないのだろうか。
ちらっと上目遣いで先輩を盗み見る。俯いて自分のお弁当を見ているふりをしながら。
先輩も自分のお弁当に視線をやっているけれど、次に食べるおかずを選んでいるようで、特に気まずそうとか、不機嫌そうとか負の感情は感じられない。
なんで先輩は私とお昼を食べているんだろう。
ふと気になったけれど、私とじゃなくて、保健室でお昼を食べたいだけだ、と思い直した。
深く考えて答えが出るものでも無いし、何か、藪蛇というか、考えたら負けな気がした。
ただの勘だけど。深く考えるのはよそう。
「そういえば、もうすぐ期末試験ですね」
保健室を出ていない私の情報は少ないもので、そんな話題しか出てこなかった。
「そうだな」
期末は芸術系などの副教科の試験もあり、科目数が2つほど増えるので大変だ。
「そういえば、先輩は文系ですか? 理系ですか?」
ふと、知らなかったな、と思い聞いてみた。先輩は文系と答えた。
「立花は?」
「私も文系です」
「それで社会苦手はしんどいな」
「そうなんですよ」
私は笑った。笑えていることが不思議だった。コンプレックスだったのに。
先輩が、しんどいな、と断定してくれたのが良かったのかもしれない。
しんどくない? とか疑問形で聞かれると、聞いた人は気を遣って失礼の無いように話してくれていると思うが、少なくとも私は、ネガティブが発動して、文系なのに苦手ですみません、という気持ちになってしまう。
断定されることで、少しだけ寄り添って貰えた気になれた。
別に、文系科目が苦手だから理系に進むわけでも、理系科目が苦手だから文系に進んだわけでもない。
まあ、文系の私が数学を苦手としていることに変わりは無いのだが。
3年生の先輩と関わっていると、少し見方が変わった。
そうだ、進路だ。
行きたい大学や行きたい学部、受験科目などを参考に文系理系のコース選択をしたのだ。
「先輩は、苦手な科目ってありますか」
視野が広がったところで、少し心に余裕が出来た私が聞くと、先輩は古文と答えた。
「意外です」
「苦手っていうか、嫌い? つい、他の科目に時間割いちゃって、いつも点数がぎりぎりになる」
「へぇ」
そんなこともあるのか。
時間の使い方の問題。
そうなると多分この先輩は頭が良くて、特に苦手な科目は無いのだろうと思った。
「安曇先生の授業ってつまんないじゃん」
私はそうですか? と首をかしげる。好きな先生のことなので、これは簡単に賛同できない。
「熱心で良い先生ですよ」
前回も、安曇先生の話を先輩としたな、と思い出した。
「いや、良い先生ではあるんだけど」
先輩は先輩で、つまらない、の説明をしようと言葉を探していた。
ああ、そうか。
私もふと思い立って安曇先生の古文の授業を思い出す。
私は読書が好きだし、古典も好きなので、安曇先生の授業は面白い。
しかし、先輩が古文を嫌い、と表現したように興味の無い生徒にとっては、興味をくすぐられる話題はあまりない。
授業中に安曇先生は他の話題をほとんど挟まないからだ。
「先輩、読書は好きですか」
お節介心が首をもたげた。
「ん? ああ。嫌いじゃないよ。普通に好き」
「古典を漫画で読んだり、現代語訳をサクッと読んだりして先に流れをつかんでおくと、授業を面白く感じられるかもしれませんよ」
去年、放課後に安曇先生とお喋りしていて、図書館の新刊の話をしていた時に漫画を勧められた。
厳しくて釣り目の安曇先生に漫画のイメージが無くて、とても意外だった。
紫式部の源氏物語をパロディにした漫画だった。
似たような漫画はいくつかあるが、その中で最も原作に忠実な漫画が図書館に新刊として入ったらしい。
安曇先生はそれをお勧めしてくれて、楽しくお喋りできた。
全然、怖い先生じゃないのだ。
厳しいイメージのせいで、放課後に安曇先生と談笑する生徒は私くらいのものだろう。
それなら、そこで聞いたことは出来るだけ他の生徒と共有すべきだと思った。
「この漫画、安曇先生が去年勧めてくれて、面白かったです」
原作に忠実で、原作の解説も踏まえながらの少女漫画。とっつきやすいが男子の先輩に進めるのもどうかな、と思いながら私はスマホでその漫画のパッケージを見せながら話した。
「へえ。あ。じゃあそのURL送ってくれよ」
「え? 良いですけど」
そんな流れで、この日は先輩とメッセージアプリのIDを交換した。
最初のメッセージで何を送れば良いかわからないので、私は機械的にURLだけを送っておいた。
先輩は日本史の武将と猫のキャラクターがコラボしたようなスタンプでサンキュー、と表現していた。