夏色モノクローム
「写真が好きなのか?」
「んー。芸術全般好きですよ。美術館とか、個展めぐりとかも、結構好き」
「へえ。最近は何を?」

 やっぱり彼も、芸術の話は興味があるらしい。前のめりになってくれたのが嬉しくて、大きく頷く。

「先々週、表参道近辺の画廊めぐりをしました」
「へえ」
「丁度好きな先生が、個展やってて」
「そうか。誰だ?」
現ノ(げんの)最中(もなか)
「ぶっ」
「?」

 なぜそこで噴き出すのだろうか。
 その名前を言った瞬間、志弦はごほごほと激しく咳き込みはじめる。

 現ノ最中といえば、ここ数年でSNSを中心にどんどん人気が出ている有名イラストレーターだ。
 先日の個展では、変わった印刷技術を駆使した先進的なグラフィック作品も多く、展示の仕方も工夫されていて大興奮した。

 最近はCG作品が多いけれど、油絵やアクリル画も描くようで、アナログ作品も多数存在する。両方のいいところを上手く融合した作品が特に人気なのだ。
 小説や雑誌の表紙を彩ることも多く、数年前、有名シリーズのゲーム作品のイメージイラストを担当したことをきっかけに、人気にさらに火がついた。

 そんな彼の作品の魅力は、モノクロームの中に見える奥行きと歪みだ。現実のようで現実ではないどこか懐かしい風景と、SFらしい世界。それらが組み合わさり、さらに認識阻害をされるような奇妙な歪みが表現されているものが多い。
 どんなキャラクターでも表情が冷めきっているのが特徴で、賛否両論あるけれども、とても印象に残る。
 差し色も少なく、蛍光色や鮮やかな原色が一色落とされるのがせいぜい。ただ、構図や描写が格好良くて、ファンがどんどん増えているのだ。

 もちろん里央も、彼のSNSをフォローしていた。
 ただ彼のSNSは、作品や告知のほか、毎日の練習描写があるだけで、彼本人のメッセージが一切添えられない。
 だから本人の人柄が全く分からない、まさに謎のイラストレーターであった。
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