見た目九話~冴えない遠藤さんに夢中です~【改訂版】
「人は絶対に見た目で判断するなよ!」
と彫りの深い端整な顔立ちの父が、俳優ばりの表情で言った。
五十歳を過ぎた今も趣味のサーフィンを続けていて、肌は浅黒い。実年齢より十歳以上も若く見える父は、何となく胡散臭い印象だが、本人はいたって真剣だ。
「そうよ。大事なのは、ここよ!」
と豊満な胸に手を当てて、母が言った。
毎日肌の手入れを怠らない母は、Vネックから覗くデコルテまで艶々だ。
「ここって何処!? 胸?」
と娘の曽根崎愛美が聞く。
「何言ってのよ……ハートよ、ハート!」
と呆れ顔で言う母も、モデル体型で人目を惹くエキゾチックな顔立ちのべっぴんなのだ。
この二人がそんなことを言っても全く説得力はないが、父曰く、母と付き合っていた頃は、自分の見た目に自信がなく、必死に努力を重ねたらしいが、イケメンは努力で手に入れることができるものなのだろうか。それは父のポテンシャルだったのではないだろうか、と愛美は思っていた。実際父はイケメンなのだ。
ここで言うイケメンは、イケてるメンズの方ではなく、イケてる面(顔)のイケメンのことだ。
イケメンはやはり元からイケメンだろう、と思うのだ。
そしてそんな両親の恩恵を受けた愛美も、美人と言われる部類に入っていた。
「ここ、いいですか?」
「え? あ、どうぞ」
と愛美が返すと、会釈をして向かいの席に座ったのは――同期の遠藤雅史だった。
遠藤は席に着くなり、勢いよくうどんを啜り始めた。
見た目で判断するな、と常日頃から言い聞かされている愛美でも、彼はちょっと苦手だ、と思ってしまう。
分厚いレンズの眼鏡に、髪は伸びっぱなしのボサボサ。整えられていない無精髭は、ワイルドを通り越して、小汚い印象だ。
あと、うどんを啜った後にハフハフ言うのが気になって仕方がない。それから……湯気で曇った眼鏡もすごく気になる。
――あ、ハフハフはみんな言うか……ごめんなさい。それは撤回します。
とにかく、見た目があまり……いや、かなり、よろしくないのだ。
愛美は自動車部品メーカーの事務職に就いていた。
遠藤は、技術職だったと思う。専門的なことはよくわからないが、設計など難しい仕事をしているのだろうか。遠藤のことは顔と名前以外全く知らないが、いつ見ても野暮ったい印象だ。
ちらちらと遠藤に目を遣りながら、愛美もフォークに巻き付けたパスタを口に運ぶ。
広い社員食堂で空いている席はたくさんあるのに、何故わざわざここに座るのか、と愛美は思っていた。
――だけど遠藤さん、お箸の持ち方は綺麗だな……うわぁっ――!
不意に遠藤が顔を上げ、視線がぶつかった。
愛美が遠藤に苦笑いの愛想笑いを向けると、箸を止めた遠藤の眼鏡の曇りが引いた。
分厚い眼鏡レンズのせいか小さく見える遠藤の目が、三日月になった。
ものの一、二分でうどんを平らげた遠藤が席を立ち「お先です」と言ってトレーを持って愛美の横を通り過ぎる──と、ふわっといい香りが鼻を掠めた。
愛美が思わず振り返ると、振り向いた遠藤とまた目が合った。
――う、気まずい……。
変な誤解をされていないか、と考えていると「おつかれ~」と同期の中野博子がテーブルにトレーを置き、いつものように愛美の横に腰を下ろした。
「遠藤さんとランチ?」
博子がにやけながら愛美を茶化すと、近くに座っていた数人の女子社員がクスクスと笑った――そういうことなのだ。
「やだ、違うよー」
愛美もそんな言い方をしてしまった。
遠藤本人に聞こえてやしないか、と確認の為に振り返ると、後ろ髪もボサボサの遠藤が、トレーを返却している姿が見えた。
遠藤からいい香りがしたことは黙っておこう、と何となく愛美は思った。
と彫りの深い端整な顔立ちの父が、俳優ばりの表情で言った。
五十歳を過ぎた今も趣味のサーフィンを続けていて、肌は浅黒い。実年齢より十歳以上も若く見える父は、何となく胡散臭い印象だが、本人はいたって真剣だ。
「そうよ。大事なのは、ここよ!」
と豊満な胸に手を当てて、母が言った。
毎日肌の手入れを怠らない母は、Vネックから覗くデコルテまで艶々だ。
「ここって何処!? 胸?」
と娘の曽根崎愛美が聞く。
「何言ってのよ……ハートよ、ハート!」
と呆れ顔で言う母も、モデル体型で人目を惹くエキゾチックな顔立ちのべっぴんなのだ。
この二人がそんなことを言っても全く説得力はないが、父曰く、母と付き合っていた頃は、自分の見た目に自信がなく、必死に努力を重ねたらしいが、イケメンは努力で手に入れることができるものなのだろうか。それは父のポテンシャルだったのではないだろうか、と愛美は思っていた。実際父はイケメンなのだ。
ここで言うイケメンは、イケてるメンズの方ではなく、イケてる面(顔)のイケメンのことだ。
イケメンはやはり元からイケメンだろう、と思うのだ。
そしてそんな両親の恩恵を受けた愛美も、美人と言われる部類に入っていた。
「ここ、いいですか?」
「え? あ、どうぞ」
と愛美が返すと、会釈をして向かいの席に座ったのは――同期の遠藤雅史だった。
遠藤は席に着くなり、勢いよくうどんを啜り始めた。
見た目で判断するな、と常日頃から言い聞かされている愛美でも、彼はちょっと苦手だ、と思ってしまう。
分厚いレンズの眼鏡に、髪は伸びっぱなしのボサボサ。整えられていない無精髭は、ワイルドを通り越して、小汚い印象だ。
あと、うどんを啜った後にハフハフ言うのが気になって仕方がない。それから……湯気で曇った眼鏡もすごく気になる。
――あ、ハフハフはみんな言うか……ごめんなさい。それは撤回します。
とにかく、見た目があまり……いや、かなり、よろしくないのだ。
愛美は自動車部品メーカーの事務職に就いていた。
遠藤は、技術職だったと思う。専門的なことはよくわからないが、設計など難しい仕事をしているのだろうか。遠藤のことは顔と名前以外全く知らないが、いつ見ても野暮ったい印象だ。
ちらちらと遠藤に目を遣りながら、愛美もフォークに巻き付けたパスタを口に運ぶ。
広い社員食堂で空いている席はたくさんあるのに、何故わざわざここに座るのか、と愛美は思っていた。
――だけど遠藤さん、お箸の持ち方は綺麗だな……うわぁっ――!
不意に遠藤が顔を上げ、視線がぶつかった。
愛美が遠藤に苦笑いの愛想笑いを向けると、箸を止めた遠藤の眼鏡の曇りが引いた。
分厚い眼鏡レンズのせいか小さく見える遠藤の目が、三日月になった。
ものの一、二分でうどんを平らげた遠藤が席を立ち「お先です」と言ってトレーを持って愛美の横を通り過ぎる──と、ふわっといい香りが鼻を掠めた。
愛美が思わず振り返ると、振り向いた遠藤とまた目が合った。
――う、気まずい……。
変な誤解をされていないか、と考えていると「おつかれ~」と同期の中野博子がテーブルにトレーを置き、いつものように愛美の横に腰を下ろした。
「遠藤さんとランチ?」
博子がにやけながら愛美を茶化すと、近くに座っていた数人の女子社員がクスクスと笑った――そういうことなのだ。
「やだ、違うよー」
愛美もそんな言い方をしてしまった。
遠藤本人に聞こえてやしないか、と確認の為に振り返ると、後ろ髪もボサボサの遠藤が、トレーを返却している姿が見えた。
遠藤からいい香りがしたことは黙っておこう、と何となく愛美は思った。
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