まもなく離縁予定ですが、冷徹御曹司の跡継ぎを授かりました
「一哉さんにとって一番いい選択がなんなのか私にはわかりません。でも女将が三十年守ってきた真実を聞いて、それを今後も守り続けると聞いて、それなら私ができることはこれ以上彼を苦しめたくない。家族を持つつもりはないという思いを尊重してあげたいんです」

 このまま真実を知らない一哉さんは結婚も子供も望んではいないから、私はこれ以上彼を傷つけず苦しめない方法を選択した。

 最初から契約結婚だと決まっていた。それを私は全うするだけで何も変わってはいないから。

「秋口は体が冷えるわ。お腹の子のために温かくしていきなさい」

 女将は自分が肩からかけていたショールでふんわりと私の肩を包み込んだ。

 途端にこみあげてくるものが目を潤ませ、女将が優しく微笑んでいるように見えた。私は大きく深呼吸をして気持ちを整え、頭を下げて別れを告げた。


 始発の電車がちょうど来て誰もいない車両に乗り込んだ私は座った瞬間涙があふれ出た。

 何も持たずに嫁いだ私には持って出てくるものは何ひとつなかったけれど、唯一彼にもらったネックレスだけは置いてくることができなかった。胸元でぎゅっと握り流れ出す涙は彼との大事な時間を蘇らせる。

 いつの間にかこんなにも愛していたと初めて分かった。

 とことこと揺られる列車の中で、私は年甲斐もなく子供のように泣きじゃくった。




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