まもなく離縁予定ですが、冷徹御曹司の跡継ぎを授かりました
「どこに行くんですか」

 たまらず声を出した矢先、足が止まった。危うくぶつかりそうになりながらギリギリのところで踏みとどまると、連れてこられたのは月島園の式場だった。なんという運命のいたずらだろうか。

 この人は私の素性には気づいていないのか、まさかもう一度ここへ来ることになるとは思ってもみなかった。

「入って」

 掴まれたままの腕を引かれてまだ張られていたロープをくぐった。つまずきそうになりながら強引な男性に必死で歩幅を合わせついていく。重い扉を開ければ多くの人の視線が一気にこちらに集まり、カメラなどの機材を持った撮影隊が目に入る。

 しかし彼の足はまだ止まらず大広間を抜けていき誰もいない廊下を歩いた。

「待ってください。あの、ちょっと」

 どこへ連れて行かれるのか分からない恐怖心がどんどんつのっていき、私は一瞬手の力が緩んだのを感じて思いっきり手を振り払った。

「なんなんですか! 勝手にも程があります。こっちの話も聞かず説明もなしに連れてくるなんて」

 自分でもこんなに大きな声が出るとは思わなかった。解放された腕をさすりながら不審な表情で睨みつけると、男性が怪訝な表情を見せこちらへ一歩近づいてきた。つられて私も一歩後ずさればぐっと腕をつかまれて引き寄せられた。

「手配していた着付師が急に来られなくなった。だからそれを君に頼みたい」

 腕を引かれた反動で彼の体が目の前にくる。私の背ではこの人の胸のあたりまでしかなく、上を向けば彼の瞳にじっと見降ろされる。

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