まもなく離縁予定ですが、冷徹御曹司の跡継ぎを授かりました
「お疲れさまでした」

 人は次々に消えていくけれど彼は最後まで帰る様子もなく残っていた。

「すみません、こんな時間までお待たせしてしまって。こちら今日の謝礼金です、お受け取りください」

 そこへ先ほど沢井と呼ばれていた女性が慌てて駆け寄ってきた。遠慮なく封筒を受け取ったら彼女はすぐに立ち去ろうとして、慌てて声をかけて引き留めた。

「すみません、あの人は」

 ぎこちなく指をさす先には真剣な表情でタブレットを見つめている彼がいる。

「ああ、一哉さんですか」

 すぐに気づいて微笑む彼女の口から出た名前に胸がドキッとする。自然と彼の名前を繰り返している自分がいた。

「まだお仕事を?」
「はい、いつも夜遅くまでいらっしゃるのでいつ帰られているのかは私共にも。集中されている時は声をかけられるのも嫌いますので」

 そう言って沢井さんは頭を下げていなくなる。残されてひとりになった私はソファに座り直し一哉さんの姿をぼぅっと眺めていた。


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