まもなく離縁予定ですが、冷徹御曹司の跡継ぎを授かりました
「あとは頼んだ」
「はい、お任せください。ではこちらへ」

 私だけが何が何だか分からないまま、奥にある大きな椅子に座らされる。鏡の前で女性と目が合った瞬間に前髪をガッと上げられ、微笑む彼女に背筋がぞくっとした。

 すっぴんな上、顔が丸出しになった自分と対面し顔が真っ赤になる。後ろでは一哉さんがこちらをじっと見ていて、恥ずかしくてたまらなかった。

「目はつぶっていてくださいね」

 優しくそう言われるがまま目を閉じたら顔全体に何かが塗りたくられる。眉毛、瞼、口元と次々にくすぐったいものが触った。


「へえ、予想外」

 しばらくして何も感じなくなったら途端に耳元に気配を感じた。

 どきっとして目を開けたら鏡に映る自分の真横に一哉さんの顔があった。背もたれに腕をついて頬と頬が触れ合う寸前のところにいて、たまらず椅子からのけぞった。

「その前髪切っていい?」

 すると唐突に言われぽかんとする私は、こちらを見ている一哉さんをじっと見返す。そのとき一瞬だけ彼の表情が柔らかくなった気がした。

「せっかくの綺麗な顔隠しちゃうのはもったいないんだけど」
「え」

 心臓がとまりそうだ。いつの間にか息をするタイミングもわからなくなり、鏡に映る私は茹蛸のように顔が真っ赤になっている。

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