まもなく離縁予定ですが、冷徹御曹司の跡継ぎを授かりました
「鷹宮さん、ちょっといい?」

 不意に後ろから部長に呼ばれ、びくっと反応する。

「なんだろう……」
「嫌な予感」

 ちょうど席に戻ってきたレイナとすれ違い、顔を見合わせ小声になる。

 奥さんに逃げられて壮絶な離婚調停を終えたばかりの部長は、仕事でそのストレスを発散しているのかとにかく無理難題を押し付けてくる。部下の困った顔を見ながら笑顔で言うからみんな呼ばれるたびにビクビクしていた。

「ああ今ね。営業部からのメールを確認してたんだけど、これ今日中に処理しといた方がいいと思うんだ」

 早速切り出された内容に、きた、と思わず声が出そうになる。分厚いファイルをどんと渡されて腕が一気に重くなった。

「じゃあ頼むね」

 不気味な笑顔に背筋が寒くなる。しかし今日の午後は半休をとっていて、時計を見ればあと一時間で定時を迎える。

 先月から申請していた休みだから部長も知らないはずはないのに、このタイミングで仕事を振ってくるなんてわざとでしかないと顔が引きつった。

「半休をいただいているので、さすがに今日中には」
「大丈夫。鷹宮さんなら優秀だから三十分もあれば終わるでしょう」

 あまりにもさらっと言われて面食らう。でもざっと見たところ簡単に終わるような内容には見えず反論しようとしたが、「よろしく」と向けられた満面の笑みに何も言い返せなくなった。


 今日はどうしても遅れられない用事があるのにこれでは無理そうだ。

 自席に戻りながら、呆れ顔で待っていたレイナと目を合わせため息をついた。

「終わりそう? って絶対無理だよね。私も手伝おうか?」

 必死にパソコンと資料をにらめっこしていたら、一度お弁当を持って立ち上がろうとしたレイナが声をかけてきた。

「大丈夫。レイナももうお昼でしょ? 仕事終わりそうにないから少し遅れるかもって連絡したし」

 私は笑顔を作って携帯を開き、【巧(たくみ)さん】と書かれたトーク画面に送られてきた了解の可愛いスタンプを見つめる。定時の一時まではあと十五分ほどだ。私はひとりでよしっと呟き気合いを入れ直した。

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