まもなく離縁予定ですが、冷徹御曹司の跡継ぎを授かりました
「あなたに言われなくとも彼女の事情なら聞いていますよ。でもそれと何の関係が?」
「え、あ、そりゃ」
「ああ、もしや経営難と知って切り捨てた最低な〝元〟婚約者さんとはあなたのことですか」

 冷静に続ける一哉さんの言葉に心がスカッとして体が軽くなったような気がした。

 目の前でキスを見せられた動揺と悔しそうな感情が入り乱れている様子の巧さんは、顔を赤らめ今にも怒りが爆発しそうな勢いだ。そんな彼から私を隠すように立ちはだかる一哉さんの大きな背中を見つめ、なんだか守られているようで嬉しくなった。

「お話中失礼します。そろそろお時間です」

 そこへスーツの男性が丁寧に割って入ってきて、静かに頷く一哉さんをどこかへ連れていこうとする。

「見ず知らずのあなたにそんな言われ方される筋合いはない」

 すれ違いざまにふたりは視線を交わす。いつも優しく穏やかな巧さんがあんなに怖い顔をしているのを初めて見た。見えない火花が散っているような気がしておろおろとする私のことなんてまるで見えていない。

「あの、月島社長」

 その時、一哉さんの横で男性が遠慮がちに発した名前を聞いて思わず固まった。

「月島って」

 耳を疑い小さくそう繰り返す。ありえない、と心の中で呟きながら目を丸くした。

 ここで月島社長と呼ばれる人はひとりしかいないはずだ。この式場を手掛け、パーティーの主催者でもある人。でもまさかあの月島リゾートの社長がこんなに若い人だなんて聞いたこともなければ、そんな凄い人が隣で私の婚約者を語るはずがない。

 それなのに当の本人は当たり前のように反応しその男性について行こうとする。


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