まもなく離縁予定ですが、冷徹御曹司の跡継ぎを授かりました
 そのときオフィス内が少しだけざわついたのを感じた。

 みんなの集まる視線につられて顔を上げると珍しい人が経理部に現れ、男性は涼しげな顔立ちで同僚の女性たちの目を潤す。

 うっとりされる視線にも慣れたようにオフィスの中央を堂々と歩いて一直線にこちらに向かってきて、高そうなストライプ柄のスーツで私の前に立ち止まった。

「巧くんじゃないか」

 立ち上がったのも束の間、後方から一目散に出てきた部長が私を押しのける勢いですかさず前に立つ。

「珍しいね、どうかしたかい」

 先ほどとは打って変わって背筋を伸ばし声をかけにいく姿にレイナと目を見合わせる。部長のあからさまな態度の違いには部内全員の呆れた声が聞こえてきそうな勢いだ。

「お疲れ様です。これ、もしよかったら皆さんでどうぞ」

 少しトーンの高い爽やかな声で紙袋を差し出す彼は社内で知らない人はいないというほどの有名人。お得意の営業スマイルにやられた部長が二回り近く年の離れた彼にも腰を低くへこへことする相手だ。

「そんな気を使わなくてもよかったのに」
「いえ、今日も彼女に休みを取らせてしまったので。ご迷惑おかけしている経理部の皆さんにせめても」
「迷惑なんて大事な結婚式の打ち合わせなんだから。ねえ鷹宮さん」

 隣にいた私は突然話を振られ戸惑いながらははっと笑う。相変わらず彼の前では人が変わったようにゴマをすり、見ているこっちが恥ずかしくなる。

「土日はほとんど父に同行しているものでどうしても平日しか時間が取れなくて。そう言っていただけるとありがたいです」
「当たり前だよ。社長との約束はとにかく大切にね」

 何を隠そう彼は相屋を経営する相馬(そうま)社長の長男で、次期社長と言われている私の婚約者だ。

 三つ年上の彼は営業部を経て、数年前から社長の下で仕事を学んでいる。元々営業部にいた部長は彼が新卒で入社した時の直属の上司だそうで、そのころから誰が見ても分かるほどの特別扱いをしてきたようだ。

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