まもなく離縁予定ですが、冷徹御曹司の跡継ぎを授かりました
「おかえりなさい。えっと、お疲れ様です」

 普通仕事から帰ってきた夫に妻は何をすものなのか。話をしようと近づいていきながらそわそわする。お盆の上に置かれているポットと湯呑を見つけてひとまずこれだ、と思ったけれど早速パソコンを取り出して仕事を始めようとする姿を見て目を疑った。

「え、まだやるんですか。少し休んだ方が……」
「旅館の仕事は帰ってからやるようにしてる。先に寝てていいから」

 この人は毎日こんな生活を続けていたのか。

 いつか体を壊しかねないその様子に心底心配になりながら、そっと向かい側の座椅子に座る。じっと目を細めたり唇を噛んで険しい表情をしたりと大変そうなのは伝わってくる。

「あのお話があるんです。大事な話で」
「悪いけど今度でいい?」

 タイミングを見て声をかけてみたけれど、さらっと流されてしまった。湯呑にお茶を入れ近くに置くと、一哉さんは「ありがとう」とだけ言ってこちらには目も向けてくれなかった。

「よくありません」

 ぼそぼそと聞こえるか聞こえないかくらいの声量だった。

「ん?」

「どうして何も話してくれなかったんですか。私、若女将になるなんて聞いてません。お義母さんとも血が繋がっていないなんて大事な話、普通はもっと早くに言うものでしょう。お仕事も大事かもしれないですけど、私は明日も朝からあなたの妻になっていなきゃいけないって言うのに、重要なことを何も教えてくれないなら私は妻になんてなれません」

 急に火山が噴火したように鼻息が荒くなる。肩で息をしながら彼と視線がやっと交わり興奮している自分に気づいてハッとした。

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