まもなく離縁予定ですが、冷徹御曹司の跡継ぎを授かりました
 するとその中に、割烹着から着物に着替えて料理を運んでいる知った顔を見つけた。

「彩乃さん」

 ばたばたとしているのに思わず声をかけて引き留めてしまい、その場にいたみんなの視線がこちらに集まる。

 私に気づいた彼女は慌ててその場に持っていたお膳を置き足早に近づいてきた。

「若奥様どうかされましたか」
「いや彩乃さんこそどうして旅館の方に? 他にも母屋の家政婦さんたちがこっちに来てるみたいだけど」

 よくよく見れば母屋で見た顔がちらほらといるのに気づく。

「それが」

 そう言いかけたとき、私の背後に視線を向け慌てて頭を下げた彩乃さんは慌てて仕事に戻ってしまった。急に何が起こったのか分からないまま、後ろを振り向いたら丸まっていた背筋がびくっと伸びる。

「何してるんです、こそこそと」

 そこにいたのは異様な存在感を放つお義母さんだった。

「立っているだけならお帰りなさい。今日はただでさえ団体のお客様の予約が重なって猫の手も借りたいというのに」

 額に青筋を立てながらため息交じりに言った言葉で、彼女たちが駆り出されている理由がようやく分かった。

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