色褪せて、着色して。~悪役令嬢、再生物語~Ⅱ
朝食を食べ終えると「馬車をご用意しましょうか」とシナモンが言ったので「歩くからいいよ」と断った。
この国には車があるそうだけれど、車を持つのは上流階級の人間だけ。
タクシーやバスはない。
移動手段は馬車か、徒歩。
ティルレット王国は、いつだって青空で。
暑くも寒くもない天候だ。
身支度を済ませ、シナモンと一緒に家を出る。
「お仕事を探されるのですか?」
「うん、働かないと駄目でしょ」
「生活費はいくらでも、テイリー様からせびればよろしいのでは?」
テイリーという言葉を出すたびに。
シナモンは少し怖い表情をする。
「…常識的に考えて、王族の人間に・・・赤の他人からお金せびっちゃ駄目でしょ」
私が答えると、シナモンは黙り込んだ。
ここまで、すべてテイリーが尽くしてくれたのには感謝するけど。
所詮は、もう…テイリーとは縁が切れてしまったと言ってもいい。
「あーあ。アリア様がテイリー様と結婚されたら良かったのに」
口を尖らせながら言うシナモンの一言に口から「ははは」と乾いた笑いが出た。
「あ、でも。テイリー様と結婚したら、絶対にアリア様は不幸になりますもんね。じゃあ、反対です」
急に意見を変えたシナモンに面白いなと思ってしまう。
シナモンとお喋りしながら30分ほど歩くと商店街のアーケードが見えてくる。
閑静な住宅街から、いきなり人々の声でうるさくなり。
馬車がひっきりなしに行き来する道を横断すると。
店が連なる商店街をゆっくりと見ながら歩く。
八百屋に魚屋、果物屋に、雑貨店・・・
「あ、あちらです。アリア様」
シナモンが指さしたのは、八百屋の隣にあるお店だった。
入口がガラス面になっているのだが、求人案内らしき紙で上から下まで覆われて中の様子が見えない。
不動産屋さんを思わせるような雰囲気だなと思いながら。
「こんにちはー」と挨拶をして、中へ入る。
中は薄暗く、右を見ても左を見ても天井までの高さがある本棚があり、ぎっちりと分厚い本が収納されている。
まるで、古本屋さんみたいだなと思いながら、一番奥にあるカウンターへと歩いた。
店主は、座り込んで手鏡を持って自身の髪の毛を指でいじっている。
「こんにちは。ここは、職業を紹介してくれるところで合ってますか?」
どう見ても店内は古本屋さんにしか見えない。
30代であろう店主の男は、私が声をかけても手鏡から目を離すことはなかった。
「そうだけど」
チラリと店主が私たちを見ると、「ちっ」とあからさまにこっちに聞こえるように舌打ちした。
「ご婦人に紹介するような仕事はここにはありませんよ」
「ごふじん・・・」
ばあか! 私はまだ18歳だ!!!
と怒りを露わにしたいところだが、うっと呻き声を出して。
自分の姿を思い出して「ごほん」と咳払いをする。
「こちらでは、ピアノの演奏を仕事とする求人はありませんか?」
「ない」
即答で言われたので、
なんだコイツはという怒りの感情がフツフツと湧きおこってくる。
「ここは庶民向けの仕事紹介なんです。楽器の演奏だなんてないに決まってるでしょ」
ピシャリと言われてしまったので。
コイツ…と睨みつけていたが、こっちの様子なんか気にせずに店主は手鏡でじっと自分の顔を眺めている。
「…じゃあ、ここら辺に楽器屋さんってありますか?」
手を拳にして、低い声で質問すると。
「あ、ここ出て。右に行った一つ目の角」
絶対にあの店主はナルシストだろうなという感想ともう二度と来るかという感情を持って店を出た途端、シナモンが「ほんと、しょうもない鏡ヤローが…」
とブツブツと悪口を言い出した。
「最悪ですよね、あの店主。さいあくー」
店に向かって最悪を連呼しているシナモンを見ていたら急に怒りがおさまってくるのを感じた。
誰かが、自分の為に怒ってくれるってこんなに感動するんだ…
プリプリしているシナモンを連れて、楽器屋に辿り着く。
店のドアは開いていて、中には数台のピアノとギターが目に入る。
店内にお客さんの姿はなく、カウンターで店主が暇そうに座り込んでいる。
さっきのナルシスト店主とは違って、見た目が優しそうな男の店主に安堵するが、どういう態度を取られるかわからないので。心臓がドキドキしながら。
「すいません、この辺でピアノの伴奏者を募集しているところってありますか?」
50代だろうか、もじゃもじゃの髪の毛に口ひげを生やした優しそうな眼をした店主さん。
こちらの質問には答えずに、ただ黙ってじぃーとこっちを見てくる。
「え…と、ごめんなさい。えーと、私。ピアノの伴奏を…」
「ご婦人は何かのコンクールで賞を取ったり、資格を持っていますか」
「…え?」
店主が小さな声で言うので、どういう意味だろうと一度考えて。
「あ・・・、持ってません」
「そうですか」
店主が目をそらして、再び黙り込んでしまった。
そんな簡単に…ピアニストとしての仕事なんて見つかるわけないのか。
うつむくと。
泣きそうになった。
自分はなんにも出来ないまま生きてきたんだなって思えてきた。
「わかりました。ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げる。
ナルシスト店主といい、この楽器屋の店主といい、
私の言っていることはオカシイんだろうな。
外に出ようとすると、後ろから店主に言われた。
「近くの礼拝堂でオルガンの伴奏者を探していると牧師に言われたことがあります。まあ、一週間前に言われたので、もう決まっているのかもしれませんが。行ってみるといいかもしれません」
…何だよ、いい人じゃん。
振り返ると、大声で
「ありがとうございます」
店主に向かって頭を下げた。
この国には車があるそうだけれど、車を持つのは上流階級の人間だけ。
タクシーやバスはない。
移動手段は馬車か、徒歩。
ティルレット王国は、いつだって青空で。
暑くも寒くもない天候だ。
身支度を済ませ、シナモンと一緒に家を出る。
「お仕事を探されるのですか?」
「うん、働かないと駄目でしょ」
「生活費はいくらでも、テイリー様からせびればよろしいのでは?」
テイリーという言葉を出すたびに。
シナモンは少し怖い表情をする。
「…常識的に考えて、王族の人間に・・・赤の他人からお金せびっちゃ駄目でしょ」
私が答えると、シナモンは黙り込んだ。
ここまで、すべてテイリーが尽くしてくれたのには感謝するけど。
所詮は、もう…テイリーとは縁が切れてしまったと言ってもいい。
「あーあ。アリア様がテイリー様と結婚されたら良かったのに」
口を尖らせながら言うシナモンの一言に口から「ははは」と乾いた笑いが出た。
「あ、でも。テイリー様と結婚したら、絶対にアリア様は不幸になりますもんね。じゃあ、反対です」
急に意見を変えたシナモンに面白いなと思ってしまう。
シナモンとお喋りしながら30分ほど歩くと商店街のアーケードが見えてくる。
閑静な住宅街から、いきなり人々の声でうるさくなり。
馬車がひっきりなしに行き来する道を横断すると。
店が連なる商店街をゆっくりと見ながら歩く。
八百屋に魚屋、果物屋に、雑貨店・・・
「あ、あちらです。アリア様」
シナモンが指さしたのは、八百屋の隣にあるお店だった。
入口がガラス面になっているのだが、求人案内らしき紙で上から下まで覆われて中の様子が見えない。
不動産屋さんを思わせるような雰囲気だなと思いながら。
「こんにちはー」と挨拶をして、中へ入る。
中は薄暗く、右を見ても左を見ても天井までの高さがある本棚があり、ぎっちりと分厚い本が収納されている。
まるで、古本屋さんみたいだなと思いながら、一番奥にあるカウンターへと歩いた。
店主は、座り込んで手鏡を持って自身の髪の毛を指でいじっている。
「こんにちは。ここは、職業を紹介してくれるところで合ってますか?」
どう見ても店内は古本屋さんにしか見えない。
30代であろう店主の男は、私が声をかけても手鏡から目を離すことはなかった。
「そうだけど」
チラリと店主が私たちを見ると、「ちっ」とあからさまにこっちに聞こえるように舌打ちした。
「ご婦人に紹介するような仕事はここにはありませんよ」
「ごふじん・・・」
ばあか! 私はまだ18歳だ!!!
と怒りを露わにしたいところだが、うっと呻き声を出して。
自分の姿を思い出して「ごほん」と咳払いをする。
「こちらでは、ピアノの演奏を仕事とする求人はありませんか?」
「ない」
即答で言われたので、
なんだコイツはという怒りの感情がフツフツと湧きおこってくる。
「ここは庶民向けの仕事紹介なんです。楽器の演奏だなんてないに決まってるでしょ」
ピシャリと言われてしまったので。
コイツ…と睨みつけていたが、こっちの様子なんか気にせずに店主は手鏡でじっと自分の顔を眺めている。
「…じゃあ、ここら辺に楽器屋さんってありますか?」
手を拳にして、低い声で質問すると。
「あ、ここ出て。右に行った一つ目の角」
絶対にあの店主はナルシストだろうなという感想ともう二度と来るかという感情を持って店を出た途端、シナモンが「ほんと、しょうもない鏡ヤローが…」
とブツブツと悪口を言い出した。
「最悪ですよね、あの店主。さいあくー」
店に向かって最悪を連呼しているシナモンを見ていたら急に怒りがおさまってくるのを感じた。
誰かが、自分の為に怒ってくれるってこんなに感動するんだ…
プリプリしているシナモンを連れて、楽器屋に辿り着く。
店のドアは開いていて、中には数台のピアノとギターが目に入る。
店内にお客さんの姿はなく、カウンターで店主が暇そうに座り込んでいる。
さっきのナルシスト店主とは違って、見た目が優しそうな男の店主に安堵するが、どういう態度を取られるかわからないので。心臓がドキドキしながら。
「すいません、この辺でピアノの伴奏者を募集しているところってありますか?」
50代だろうか、もじゃもじゃの髪の毛に口ひげを生やした優しそうな眼をした店主さん。
こちらの質問には答えずに、ただ黙ってじぃーとこっちを見てくる。
「え…と、ごめんなさい。えーと、私。ピアノの伴奏を…」
「ご婦人は何かのコンクールで賞を取ったり、資格を持っていますか」
「…え?」
店主が小さな声で言うので、どういう意味だろうと一度考えて。
「あ・・・、持ってません」
「そうですか」
店主が目をそらして、再び黙り込んでしまった。
そんな簡単に…ピアニストとしての仕事なんて見つかるわけないのか。
うつむくと。
泣きそうになった。
自分はなんにも出来ないまま生きてきたんだなって思えてきた。
「わかりました。ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げる。
ナルシスト店主といい、この楽器屋の店主といい、
私の言っていることはオカシイんだろうな。
外に出ようとすると、後ろから店主に言われた。
「近くの礼拝堂でオルガンの伴奏者を探していると牧師に言われたことがあります。まあ、一週間前に言われたので、もう決まっているのかもしれませんが。行ってみるといいかもしれません」
…何だよ、いい人じゃん。
振り返ると、大声で
「ありがとうございます」
店主に向かって頭を下げた。