追放大聖女と天然ドラゴンの恋は宇宙を超えて
3章 神々の世界
3-1. 爆弾の皇帝
その頃、東京でも動きがあった――――。
ウェーブがかった美しい金髪を揺らし、少女「ルドヴィカ」は田町の街を歩いていた。大胆に大股で歩く、ミニスカートから延びるすらりとした生足に、すれ違う人も目を奪われている。国道十五号線を行きかうバスやタクシー、ずらりと並ぶガラス張りの高層ビル、遠くには赤い東京タワーも見える。少女は楽しそうに歩き、高級マンションの前まで来ると、まるでドラッグをキメたかのように狂気を孕んだ瞳でキャハッ! と笑ってマンションを見上げた。
マンションの最上階、メゾネット造りの気持ちのいいオフィスにきた少女は、会議室へと案内される。少女はずらりと並ぶ面々をチラッと見ると、フンと鼻を鳴らし、席に着く。
「ルドヴィカさん、わざわざ来てもらってすみませんね」
チェストナットブラウンの髪を揺らし、琥珀色の瞳を輝かせながら、神懸った美しさを放つ女性「ヴィーナ」が口を開いた。
「いや、全然かまわないわ」
ルドヴィカはやや反抗的な口調で答える。
「さっそくで悪いけど、これを見てくれるかしら?」
そう言ってヴィーナは会議机の上にグラフをいくつか浮かび上がらせた。
「あなたに管理を任せていた星の情報よ。戦乱だらけで人口……、多様性……、その他全ての点で急速に悪化してるの。説明をしてもらえるかしら?」
ヴィーナはポインターでグラフを指し、ルドヴィカを静かに見つめた。
「説明もくそも、見たまんまよ!」
そう言って肩をすくめる。
「では、廃棄処分に同意という事でいいかしら?」
ヴィーナは淡々と事務的に言った。
「ふん! あんたらはいつもそうよ。お高く留まって偉そうに処分をするだけ! いいご身分だこと!」
ルドヴィカは叫ぶ。
「あなたの行動記録……見たわよ。管理者権限使って酒池肉林に享楽の数々……。それで批判するの?」
抑制的なトーンで返すヴィーナ。
くっ!
ルドヴィカは歯をぎゅっと食いしばると、いきなり立ち上がり、腕を高く上げて、
「爆弾の皇帝!」
と、叫んだ。
直後、窓の向こう、東京タワー上空で激烈な閃光が放たれ、東京は瞬時に鮮烈な熱線に灼かれた。街路樹は一瞬にして黒焦げとなって燃え上がり、ガラスは溶け、街ゆく人々は瞬時に沸騰して爆発した。
閃光がおさまると、白い繭のような衝撃波が広がっていき、ビルは次々と吹き飛び、東京全域を瓦礫の山へと変えていく。
「キャハッ! ざまぁみろ!」
イカれた狂気を孕んだ目で叫ぶルドヴィカ。
しかし、全てを焼き尽くす史上最強の核兵器爆弾の皇帝をまともにくらいながらも会議室はビクともしなかったし、出席者も白けていた。
「どうしてみんなコレやるのかしら?」
ヴィーナはウンザリしたように肩をすくめる。
そして、腕を高く掲げると、
「後退復帰!」
と、叫ぶ。直後、窓の外が青白い光の奔流に覆いつくされ……、やがて光が晴れるとそこには爆破前の東京が戻っていた。
「へっ!?」
唖然とするルドヴィカ。
青空に東京タワーがそびえ、道には多くの車が行きかい、爆発前と寸分たがわない東京がそこにあった。
「ご苦労様、言い残すことは?」
ヴィーナは鋭い視線でルドヴィカをにらむ。
「くっ! 化け物どもめ! グァ――――!」
ルドヴィカは怒りに任せてこぶしを会議テーブルに叩きつけ、粉々に砕いて吹き飛ばすとヴィーナに飛びかかった。
「くらえ!」
渾身のパンチがヴィーナの頬にさく裂し、ヴィーナは吹き飛ぶ。
そして、ルドヴィカはそれを追いかけると馬乗りになり、両手で次々とヴィーナを殴った。唇が切れて血が飛び散り、ゴスッ! ゴスッ! と猟奇的な鈍い音が部屋に響き続ける……。
「死ね! 死ね!」
しかし、殴りながらルドヴィカは違和感に囚われた。
なぜ誰も止めないのか……?
そして、血にまみれた殴る手を止め、恐る恐る周りを見ると、ニコニコと笑っている水色の髪の女の子「シアン」一人を残して、他には誰もいなくなっていた。
「な、何で……止めないんだ?」
ルドヴィカはけげんそうに聞く。
「だって、それただの人形だもん。きゃははは!」
シアンは楽しそうに笑った。
「に、人形!? くっ……」
ルドヴィカは血まみれとなった女性の人形を忌々しそうに見つめ、大きく息をつくと首を振った。
3-2. 一億年の刑罰
「さて、君、テロリスト集団に魂を売ったね? 情報、吐いてもらうよっ!」
シアンはうれしそうに言う。
「バーカ、仲間を売るわけねーだろ!」
ルドヴィカは今度はシアンに殴りかかったが……、こぶしはシアンをすり抜け、空を切った。
「きゃははは! もうこの部屋は『時の結晶』に変えてある。この世界には君しかいないんだ」
「また、面妖なシステムを作りやがったな……。だが、何したって無駄だ! 吐くぐらいなら死んでやる」
「どうやって死ぬの?」
シアンはニコニコして聞く。
「そんなのこれで心臓一突き……。あれ……?」
ルドヴィカは机の破片を拾おうとして、手がすり抜けてしまったことに驚く。
「君の身体はもう何とも干渉しない。まぁ幽霊みたいなものだよ。お腹もすかないし、老化もしない。死ぬことなんて無理だねぇ。きゃははは!」
「マ、マジかよ……」
唖然とするルドヴィカ。
「じゃあ、僕は十年後に来るよ。その時、また返事を聞こう」
「じゅ、十年後!?」
「そう、その次は百年後、その次は千年後……、さて、何年後に吐いてくれるかな?」
シアンはワクワクしながら言う。
「ちょ、ちょっと待てよ! そんな未来に情報吐かせたって意味ねーだろ!?」
「『時の結晶』内の一億年って外の世界の一日くらいなんだよね……」
シアンは首をかしげる。
「一億年!?」
「そうだ、最初から一億年待ってみようか?」
シアンは満面に笑みを浮かべて言う。
「ま、ま、ま、待ってくれ!」
ルドヴィカは顔面蒼白になって頼む。
「一億年じゃ全部忘れちゃうか。では、十年後、また会おうね! きゃははは!」
シアンは嬉しそうにそう言うと、消えていく……。
「あっ! 待てって言ってるだろ! チクショー!!」
ルドヴィカは必死に吠えたが、その声はどこにも届かなかった。
◇
一分後、シアンが部屋に戻ってくると、ルドヴィカは十年の放置ですっかりやられてしまい、ぐったりと床に転がり、うつろな瞳がただ宙を映していた。
「おまたせちゃん! 吐く? それともまた百年待つ?」
シアンはニコニコしながら聞く。
ルドヴィカはヨロヨロと起き上がると、おもむろにシアンに土下座をした。
「全て……吐きます。だから……殺してください……」
シアンはうれしそうにうんうんとうなずいた。
◇
「パパー! テロリストの拠点が分かったよ~!」
シアンはメゾネット造りのオフィスの階段を下りながら、手を振って言った。
「よくやった。それじゃ作戦会議だ」
パパと呼ばれた男性「誠」はニコッと笑い、ヴィーナたちを再度集める。
「ルドヴィカの星はどうしよう?」
「そんなの廃棄処分以外ないわよ。テロリストがどんな仕掛けを残してるか分からないんだから」
ヴィーナは言い切る。
「残念だけど仕方ないわね」「もったいないけどなぁ……」
他のメンバーも渋々同意する。
腕を組んで目をつぶり、渋い顔をしていた誠が意を決したように言う。
「では、廃棄で行こう」
「それじゃ、システムはシャットダウンして初期化するわね」
ヴィーナはそう言って手を高く上げる。
「ちょ、ちょっと待って……」
誠はヴィーナの手をつかんだ。
「何よ? また予言?」
いぶかしげにヴィーナは言う。
「焼却処分したらいい事ありそうなんだよな……。シアン、焼却処分でお願い」
そう言って誠はシアンに頼んだ。
「わかったよ。きゃははは!」
シアンはうれしそうに笑う。
「まぁ、いいわ。で、テロリストはどうすんのよ? 私は嫌よ」
ヴィーナはジト目で誠を見る。
「あー、新人たちに任せるか。四人いたよね?」
「新人……ですか?」「うーん……」
メンバーたちは不安そうに眉をひそめる。
「実戦を経験して育てないといけないかなって……。四人で勝てそう?」
誠はシアンに聞く。
「うーん、ヴィクトルなら一人でもいけるんじゃない?」
「ヴィクトル?」
「ドラゴンと結婚した大賢者よ」
ヴィーナが言う。
「あー、あの六歳児!」
「あの子、もう子供いるのよ。可愛いドラゴンの女の子」
ヴィーナは幼女の映像を空中に浮かべ、目を細めながら言う。
「えっ!? 六歳児が!?」
「もういい青年よ。ほらこれ」
そう言いながら映像に出てきた若い男を指さす。
「へぇ……。じゃあ、彼に出動してもらうようにお願いできるかな?」
「え――――、私? 自分でやりなさいよ」
ヴィーナは口をとがらせてジト目で誠をにらんだ。
「僕から言っとくよ!」
シアンはニコニコしながらiPhoneを取り出す。
そして、画面をつらつら見ながら、
「あら、テロリスト集団はヴィクトルの星の南極に逃げだしたみたい。都合いいかも」
と、どこかに電話をかけた。
3-3. アポカリプス
所変わってオンテークの森――――。
自分たちの星が焼却対象となってしまったことも知らず、ユリアたちは夕飯を食べていた。
ユリアは食欲のない様子で、王都の惨状を話す。
ジェイドは、
「危ない事はしちゃダメだ」
と、怒っていたが、想像以上の荒廃っぷりに渋い顔をし、ため息をついた。
「どうなっちゃうのかな……?」
ユリアは心配そうに聞く。
「そこまで荒廃すると……、神様に見限られてしまう……かもしれん……」
「見限られるって……?」
「この星が消されるってことだよ」
「えっ!? そ、それはダメよ! そんなことになったら私たちも消されちゃうって……ことよね?」
「そうだ……」
極めて厳しい事態に追い込まれたことに二人はうつむき、沈黙の時間が続いた……。
「ねぇ、何とかならない……かな?」
キリキリと痛む胃を押さえながら、ユリアは口を開く。
「神様のやることに我々は干渉できない。何しろ我々を作ったのは神様なのだから……」
「そんな……」
ユリアは青い顔をしてうつむく。
◇
早々に食卓を片付け、寝支度をしている時だった。
パーパラッパー! パパパッパー!
外で高らかにラッパの音が鳴り響く。
「えっ!?」
ジェイドはあわてて窓を開いて空を見上げる。
ラッパの音は夜空高く、宇宙から降り注ぐようにオンテークの森に響き渡っていた。
「ア、アポカリプスだ……」
ジェイドは顔面蒼白となり、空を見つめたまま動かなくなる。
「な、何なの……? それ?」
ユリアはジェイドの異様な様子に恐る恐る聞く。
「終末を告げるラッパ……、神様がこの星を終わらせると宣言したんだ……」
ジェイドは呆然としながら崩れ落ちた。
「えっ! この星、消されちゃうの!?」
真っ青になるユリア。
ジェイドは無言でゆっくりとうなずく。
「ど、どうやって消されるの?」
「分からない……」
ジェイドはそう言って、うなだれた。
世界の終わりがやってくる。
いきなりの死刑宣告に二人とも言葉を失い、ただ、呆然とするばかりだった。
やがてラッパの音が鳴りやみ、静けさが戻ってくる。
ユリアはこれから始まる死刑執行をどうとらえていいのか途方に暮れ、窓辺で夜空を見上げた。
その時だった。夜空の向こうに、何かぼうっと赤く光る点がゆっくりと動く。
「あれ……、何かしら?」
ジェイドは立ち上がってユリアの指さす先を見る……。
すると、目をカッと見開き、叫んだ。
「巨大隕石だ! デカい……ニ十キロはあるぞ!」
ニ十キロと言えば、王都だけでなく、王都を囲む盆地全体が覆い隠されるサイズ。落下したエネルギーで、この星の生きとし生けるものは全て燃やし尽くされてしまうだろう。神様が選択した星の消去方法は巨大隕石による焼却処分だったのだ。
「ニ十キロ!?」
ことの深刻さにユリアは言葉を失う。
するとジェイドはユリアの目を見つめ、
「我が隕石の軌道をそらして浮かす。ユリアは全力のシールドで宇宙へ帰っていくようにさらに軌道を変えてくれ」
「えっ!? 軌道をそらすってもしかして?」
ユリアは嫌な予感がした。
「愛してるよ、ユリア……」
ジェイドは覚悟を決めた目でユリアを見つめる。
「待って! 止めて!」
ユリアはジェイドにしがみつく。彼は自分の命をなげうってこの星を守ろうとしているに違いない。ジェイドが失われた未来、そんなのどう考えても受け入れられない。
しかし、ジェイドはそっとキスをするとユリアの手を振りほどき、窓の外へと跳ぶ。
「ジェイド――――!」
ユリアの叫び声が響く中、ジェイドはドラゴンの姿に戻り、いまだかつてなく激しく光り輝くと隕石の方へとすっ飛んで行った。
「いやぁぁぁ!」
ユリアはいきなり訪れた別れの、胸が張り裂けるような痛みに貫かれ、絶叫する。
隕石は徐々にまぶしく輝き始め、世界の終わりが近づき、ジェイドの鮮やかな青白い軌跡はまっすぐに隕石の飛び先へと進む。
夜空に展開される多くの命のかかった鮮烈な光の共演。それはユリアの胸を絶望に染め、ただ力なく手を伸ばすばかりだった。
そして、両者が交わる――――。
直後、激しい閃光が夜空を、大地を光で埋め尽くした。
3-4. 降り注ぐ命の輝き
「いやぁぁぁ!」
最愛の人の最期、その激烈な光の洪水を浴びながらユリアは自分がバラバラになってしまうような衝撃で泣き叫ぶ。自分を救ってくれて、そして、大切に優しく慈しんでくれたかけがえのないジェイド。その愛しい命がまばゆい光となって大地に降り注いでいる……。
「あぁぁぁ……、ジェ、ジェイド……」
ユリアは焦点のあわない目でそうつぶやくと、奥歯をカチカチと鳴らしながら、真っ青な顔をして窓辺にもたれかかった。
光が晴れていっても、隕石は輝きながら飛んでいる。ただ、いくつかに分裂し、軌道も大きく変わっていた。
ユリアはジェイドに託された作戦を思い出し、全力のシールドを張るべく体に力を入れようとしたが、手がブルブルと震えて上手くいかない。
「ダ、ダメ、ちゃんとやらなきゃ!」
ユリアはポロポロと涙をこぼしながら深呼吸を繰り返し、意識を集中して超巨大なシールドを隕石の進行方向に斜めに展開した。
秒速ニ十キロの超高速でシールドに突入した隕石群は、衝突の衝撃でさらにバラバラに砕けながら斜め上に弾き飛ばされていく。
隕石の破片群はまるで壮大な花火のように、激しい光の軌跡を描きながらゆっくりと高度を上げていき、やがて宇宙へと帰っていった。
ユリアは両手を夜空に向けたままハァハァと荒い息をしながら、満天の星々が戻ってくるさまを呆然と眺める。
ホウ、ホーウ……。
まるで何もなかったかのように、静けさを取り戻した森からは鳥の鳴き声が聞こえてくる。
「ジェ、ジェイド……?」
ユリアはまだ現実感が湧かず、力なくつぶやく。
必死にジェイドの気配を探索したが……、どこにもジェイドの姿は見つけられなかった。
「ジェイド――――! ねぇ! ジェイド――――!」
ユリアの絶叫はただ静かな森へと吸い込まれていく。
うっうっうっ……。
ユリアはジェイドが消えた辺りの空をじっと見つめながら、涙をポタポタと落とし続けた。
やはりジェイドは身を挺してこの星を守ったのだ。ユリアを残して……。
◇
すると、流れ星のような光跡がツーっと夜空から降りてくる。
「ジェイド……?」
ユリアはその光跡を目で追う。やがてその光は激しく輝きながらグングンと近づいてきてユリアは思わずしゃがみ込む。
きゃぁ!
光は窓を抜け、部屋に入ってきた。室内をまばゆく照らす眩しさに目がくらむユリア。
ひぃぃ!
パリパリ! というスパークがはじける音が部屋中に響き渡った。
「君、すごいね!」
光の中から若い女の声がする。
「えっ!?」
光がおさまって、中から現れたのは水色の髪の女の子、シアンだった。
「隕石を止められたなんて初めてだよ」
そう言ってニコニコと笑う。
「あ、あなたが隕石を落としたんですか!?」
ユリアはシアンに食ってかかる。
「そうだよ?」
シアンは悪びれることなく平然と言った。
あまりのことにユリアは泣き叫びながら喚く。
「な、なんてことするのよ! ジェイドを返してよ!」
「いいよ!」
ニコニコとするシアン。
「え?」
あっさりとOKされてしまって、拍子抜けのユリア。
「ドラゴン、生き返らせてあげるよ」
シアンはサムアップして嬉しそうに言う。
「あ、あ、じゃあ、お願い……します……」
この星を滅ぼそうとしながら、ジェイドを生き返らせるという、この軽い女の子が一体何を考えているのか全く分からず、ユリアは困惑しながら頼む。
「ただ、一応パパの許可を取らないとね。東京行くからついてきて」
シアンはそう言うと、ユリアの手を取って一気に空間を跳んだ。
◇
ユリアが気がつくと、目の前には美しい間接照明を施したガラスづくりの建物がたくさん並んでいた。
「うわぁ……」
思わず目を奪われるユリア。
そこは表参道だった。
最愛の人を失った絶望から急に煌びやかな東京に連れてこられて、ユリアは頭が追いついていかない。
街ゆく人たちはみんな着飾っていて、見たことも無いようなエレガントなファッションに身を包んでいる。ユリアは圧倒され、みすぼらしい自分のワンピースを少し気にした。
「お願いする時はケーキ買わないとね」
シアンはそう言いながら綺麗な歩道を楽しそうに歩きだす。
「えっ? ちょ、ちょっと待って……」
ユリアは初めて見るオシャレな街に気圧されながら、シアンを追いかける。
ショーウィンドウには見たことも無いようなオシャレなドレスやアイテムが煌びやかに展示され、そんな店が次から次へと並んでいるのだ。王都でも見たことがないそのハイセンスなファッションストリートにユリアは気後れし、シアンの陰に隠れるように後ろをついて行った。
3-5. 時を駆ける少女
「ここのケーキにしよう!」
シアンは楽しそうにガラス戸をあけてケーキ屋へと入って行く。
ガラスのショーウィンドウの中には、芸術品のような造形をしたケーキが所狭しと並び、繊細な照明がキラキラとその美しさを際立たせている。
「うわぁ……」
ユリアは見たこともないそのきらびやかなケーキたちに圧倒される。
「どれ食べたい?」
シアンはニコニコしながら聞いてくる。
「私はどれでも……。それよりジェイドが……」
うつむくユリア。
するとシアンは、うんうんとうなずき、
「おねぇさん、ここからここまで全部一つずつちょうだい!」
と、大人買いをする。
そして、大きなケーキの箱を受け取ると人目もはばからず、そのまま田町のオフィスへと跳んだ。
◇
オフィスでは誠たちが歓談している。
「ただいまー!」
シアンが元気にケーキを掲げながら割り込んでいく。
「あれ? ケーキ……? なんかあった?」
誠が怪訝そうな顔でシアンを見て、その後ろのユリアに気がついた。
「あれ?」
「こ、こんにちは」
ユリアは急いで頭を下げる。
「じゃーん! 大聖女ちゃんです! この娘凄いんだよ。隕石跳ね返したの」
シアンはうれしそうにアピールした。
「へっ!?」
予想外の展開に驚く誠。
「なので、あの星、この娘に任せるっていうのはどうかな?」
ニコニコしながらシアンは言った。
「うーん、そうなったか……」
誠は腕を組んで考え込む。
「まぁ、ケーキでも食べながらちょっと話聞いてあげて」
シアンはそう言うと、ケーキを次々とテーブルの上に並べていった。
◇
みんながケーキを食べるなか、ユリアはうつむきながら今までの事をとつとつと語る。
追放され、ドラゴンに助けられ、魔物と化した公爵に襲われ、戦乱の世に堕ち、最後にジェイドが身を挺して隕石を防いだことを涙まじりに説明した。
「無罪!」
うなずきながら聞いていた誠は、そう言って涙をぬぐった。
パーン!
ヴィーナはティッシュペーパーの箱で誠の頭をはたき、
「何が『無罪』よ! お気楽な事言ってないで真面目に考えなさいよ。テロリストに汚染された星なんてどうすんのよ!」
と、にらんだ。
「痛いなぁ、何すんだよ……」
誠は頭をさすりながらそう言って、首をひねると、
「その……追放前の時間に巻き戻したらいいんじゃない?」
と、ニコっと笑って提案する。
「時間を巻き戻す!?」
ユリアは驚いた。一体この人は何を言っているのだろう? もしそんな事ができるなら、自分が追放されることも防げるし、誰も死なないのだ。でも、そんな事本当にできるのだろうか?
「あ、いいんじゃない? 悪さをする人たちが分かってるんだから対策もできるしね」
シアンはニコニコしながらそう言った。
「巻き戻したってテロリストの仕掛けはゼロにはならないわよ?」
ヴィーナは渋い顔をする。
「まぁ、テロリストが湧いたらユリアさんに退治してもらうってことで」
誠はケーキを口に運びながら気楽に言った。
「ちょ、ちょっと待ってください! 私ですか?」
いきなりの提案に青ざめるユリア。
「隕石跳ね返したんでしょ? 才能あるよ」
シアンもクリームを口の周りに付けながらうれしそうに言う。
「テロリストって、あの緑になった公爵みたいな攻撃が効かない人たちですよね? 無理です! 無理無理!」
ユリアは目をつぶって首をブンブンと振った。
「大丈夫、君も攻撃効かなくするから」
シアンは口の周りのクリームをペロリとなめながら言う。
「私あんな緑になりたくない!」
思わず叫ぶユリア。
「普通……、緑になんてならないわよ? その公爵なんなの?」
ヴィーナは首をかしげる。
「え……?」
「ユリアさんがやってくれないとなると、星は消さざるを得ないよ?」
誠は淡々と追い込む。
「そ、それは……、困ります……」
うつむくユリア。
「いざとなったら僕や仲間が手伝うから安心して!」
シアンはニコニコしながらユリアの背中をパンパンと叩いた。
3-6. オフィス崩壊
ユリアは泣きべそをかいてうつむいたが、よく考えてみると、悲劇の起こらない別の未来を切り開くこと、それは大聖女として天命のようにも思えてきた。
とは言え、神の力を得たとしても得体の知れない異形の敵と戦うことは恐怖でしかない……。
目をつぶり、しばらく考え込むユリア。
しかし、星を消すという選択肢など選べない。答えなど最初から一つしかないのだ。
ユリアは大きく息をつき、意を決すると顔を上げて絞り出すように声を出す。
「わ、わかり……ました。やります……」
ユリアは星に息づく数多の人々のことを想い、過酷な運命を受け入れる覚悟を決めた。
「じゃあ、ユリアさん、シアンの研修を受けて管理者のスキルを身につけてね。準備できたら時間巻き戻すから」
誠はにこやかに言う。
「は、はい……。で、でも……ジェイドは……」
ユリアは頬を赤らめながら口ごもった。
「はいはい、今すぐ会いたいのね?」
ヴィーナが優しい目をしてそう言うと、ユリアは目に涙をにじませながら恥ずかしそうにうなずいた。
「じゃあ、イケメン君、カモーン!」
ヴィーナはおどけた感じで手を上げる。
「待って待って!」
と、誠は叫んだが間に合わず、ボン! と爆発が起こってオフィスの屋根や柱が吹き飛んだ。
「うわぁ!」「キャ――――!」
落ちてくる天井やがれきの中、悲鳴が上がる。
ドラゴン形態のジェイドが召喚されてしまったのだ。砂ぼこりが巻き上がり、机や本棚などオフィス家具はぐちゃぐちゃに潰されてしまった。
「もう! 二度とドラゴン呼んじゃダメって話したじゃん!」
誠は砂ぼこりの舞う中で、頭を抱えながら怒る。
「あれ――――? 今回は人間形態を選んだはず……よ?」
ヴィーナは『やっちゃった』という感じでうなだれる。
「ジェイド――――!」
戸惑ってキョロキョロしてるドラゴンの足に、ユリアは飛びついた。
ジェイドはそれを見ると、ユリアを愛おしそうに見つめる。
そして、ボン! と、音を立てて人化し、ユリアをハグした。
「ジェイド――――! うわぁぁぁん!」
ユリアはしばらくおいおいと泣き続ける。
そんなユリアをジェイドは愛おしげに抱きしめ、頬を寄せる。
誠はそんなラブラブな二人を見ながら、ヴィーナに言った。
「騒ぎになる前に早く直して」
「ハ――――イ」
ヴィーナは空中に黒い画面を広げると、何かを表示させ、渋い顔でパシパシと画面を叩いた。そしてしばらく画面をにらんでいたが、やがてウンザリとした様子で宙をあおぐ。そして、iPhoneを取り出し、どこかに電話をかけた。
「ねぇねぇ、美味しいケーキがあるんだけど、田町に来ない? うん……うん……。待ってるわよ、すぐにね!」
そしてニヤリと笑った。
◇
「はーい、こんにちはぁ……、へっ!?」
ドアを開けて入ってきた金髪おかっぱの中学生のような女の子は、がれきの山と化したオフィスを見て固まる。
「レヴィアちゃん、待ってたわよぉ」
ヴィーナはうれしそうに近づくと、手を引っ張って会議テーブルの所に座らせて、目の前にケーキを置いた。
レヴィアは辺りを見回してジェイドを見つけると、
「もしかして……、またドラゴン……召喚したんですか?」
レヴィアは少しあきれた様子で聞く。
「レヴィアちゃん、綺麗に直してたじゃない? これもお願い!」
ヴィーナは手を合わせて頼む。
「ヴィーナ様だってできるじゃないですか!」
「このオフィス以外なら一瞬で直せるんだけど、ここ、面倒なのよね……」
わがままな事を平気で言うヴィーナ。
「分かりました。一つ貸しですからね!」
レヴィアはジト目でそう言うと、空中に黒い画面を広げ、パシパシと画面を叩いていく。
「頼りになるわぁ」
ヴィーナはニヤッと笑った。
◇
「お礼に焼き肉でもおごるわ」
ヴィーナは綺麗に直ったオフィスを眺めながらニコニコして言った。
「やたっ! 美味しいのでお願いしますよ」
レヴィアは満面に笑みを浮かべる。
「あなた達も行くかしら?」
ヴィーナはユリアたちを誘う。
女神様直々のお誘いを断るわけにもいかない。ユリアはジェイドと顔を見合わせると、
「お、お願いします……」
と、頭を下げた。
3-7. 世界の本質
西麻布の焼肉店にやってきた一行は、シックな赤と黒のインテリアに彩られた個室へと通される。間接照明が質感の高い紅の壁面を照らし、高級感を演出していた。
「うわぁ……、すごい……」
ユリアは思わず声を出してしまう。
「ふふっ、今日はたくさん食べてね」
ヴィーナはニッコリと笑った。
「はい、早く座って! 食べるぞ~!」
レヴィアは浮かれて叫ぶ。
店員がやってくると、レヴィアは怒涛の注文を始めた。
「青りんごサワーを二つと、大ジョッキ十杯な」
「えっ!? 十杯……ですか?」
「いいから十杯な。それから霜降り大トロカルビ二十人前、極上ロース二十人前、それから極上タン塩十人前……」
ユリアはその異常な注文数に圧倒され、
「彼女、まだ子供ですよね? そんなに食べるんですか?」
と、小声でヴィーナに聞いた。
「はははっ、レヴィアはもう二千年くらい生きてるドラゴンなのよ」
と、小声で返しながらうれしそうに笑う。
「ド、ドラゴン!?」
ユリアは目を丸くして驚き、レヴィアを見た。
「なんじゃ、お主の彼氏だってドラゴンじゃろうが」
レヴィアはそう言ってジト目でユリアを見る。
「いや、まぁ、そうなんですが……」
◇
歓談しているとドリンクが大量に運ばれてくる。
レヴィアは傍らにジョッキをたくさん並べ、
「さぁ、飲むぞ! カンパーイ!」
と、陽気に音頭をとった。
「カンパーイ!」「カンパーイ」「かんぱーい」
レヴィアは一気に大ジョッキを飲み干すと、
「プハー! 生き返るのう!」
と、上機嫌に言って、新しいジョッキを手に取る。
ユリアがその飲みっぷりに圧倒されていると、レヴィアが言った。
「うちの星の若いのもな、ドラゴンの女の子と結婚したんじゃ」
「け、結婚ですか!?」
「そうじゃ、今じゃ子供もおる」
そう言ってまたジョッキを飲み干した。
「こ、子供……ですか?」
「ドラゴン相手でも子供はできるらしいぞ?」
レヴィアがニヤッと笑ってそう言うと、ユリアは真っ赤になってうつむく。
「あらあら、うぶなのねぇ」
ヴィーナはニヤニヤしながらうれしそうにユリアを眺めた。
「お肉お持ちしましたー」
店員が肉を満載した大皿をいくつも持って入ってくる。
「おー、キタキタ!」
レヴィアはうれしそうに皿を受け取ると、二十人前の霜降り大トロカルビをそのままロースターに全部ぶち込んだ。
「えっ!?」
店員は思わず声を出す。
「大丈夫じゃ、もう二十人前追加じゃ!」
レヴィアはそう言って空いた皿を店員に返した。
レヴィアはロースター上で山盛りになった肉を適当に動かすと、箸でガッとまだ生の肉を何枚もつかみ、そのままパクッとほお張ると、ゴクッと丸呑みする。
「クハー! 美味いのう!」
そう言うとジョッキを一気飲みして、
「プハー! 最高じゃ!」
と、上機嫌に叫んだ。
するとジェイドも真似してガッと箸で肉をつかむと丸呑みし、
「おぉ、これは素晴らしい物ですね」
と、言って目を輝かせる。
「そうじゃろう、肉はやはり日本の霜降りに限るわい。カンパーイ!」
そう言ってレヴィアはジェイドのグラスにジョッキをぶつけ、また一気飲みした。
ヴィーナはそんな二人の様子に眉をひそめ、
「私たちは焼いて食べるから、この肉触らないで」
そう言ってロースターの一角に肉を並べた。そして、
「ドラゴンを肉食にしたのは失敗だったわ……」
そう言ってため息をつく。
「えっ!? ヴィーナ様がドラゴンを作ったんですか?」
ユリアは驚いて聞く。
「昔ね、ファンタジーオタクな管理者がいて、勝手に作ってたのよ。で、それを黙認しちゃったの。食生活は人間と同じでって言っとけばよかったわ」
ヴィーナは渋い顔で肉を裏返しながら言った。
「我は肉食でハッピーですよ。肉だけ食べて生きていけるなんて最高!」
レヴィアはうれしそうに生肉をガッとつかんで上機嫌に言う。
ユリアは圧倒されながらつぶやく。
「ドラゴンなんて作れるんですね……」
「そりゃぁ何だって作れるわよ。あなただって管理者になればいろんな生き物作れるわよ。……。あ、これ、すごく美味しい!」
ヴィーナは肉を上品に食べながら言う。
「生き物を作る……。なんでそんなことできるんですか?」
ユリアは首をかしげながら聞いた。
「ふふっ、あなたはこの世界は何でできてると思う?」
ヴィーナはニヤッと笑いながら聞く。
「えっ? この世界……、ですか? うーん、生き物と物の集まり……、ですか?」
「情報よ。この世界は情報で出来てるの」
ヴィーナはそう答えるとジョッキをグッとあおった。
3-8. 海王星の衝撃
「じょ、情報……ですか?」
困惑するユリアに、ヴィーナはナムルの小鉢を持ち上げて、
「この物体は、『小鉢の形の陶器』という情報と全く同じなのよ」
「はぁ……」
「言葉って情報でしょ? つまり、言葉で言い表せるものは全て情報と等価なのよ」
「この世界の物はすべて言葉で言い表せるから、全部情報ってこと……ですか?」
「そう、正確にはこの世界は十七種類の素粒子と一つの数式でできてるんだけど、それらは全部データとして表現できる。つまりデータと等価、情報と等価なのよ」
「情報と等価……ですか……」
ピンとこないユリアを見て、ヴィーナは小鉢を箸でコンと叩いた。
すると小鉢はワイヤーフレームになり、透明でスカスカな針金細工状になる。そして、それをユリアに渡した。
「へっ!?」
ユリアは針金細工でできた小鉢と中のナムルを見て言葉を失う。手触りはひんやりとした陶器だが、透明だし、中のナムルをつまむとワイヤーフレームは刻々と変わりながら変形していく。
「食べてごらん」
ヴィーナはニヤッとして言う。
「た、食べられるんですか?」
「だって、それ、普通のナムルよ」
ユリアは恐る恐る口に入れるとゴマ油の効いたモヤシの味がする。それは食感も普通の食べ物だった。
「この世界が情報で出来てるって意味が分かったかしら?」
ヴィーナはニコニコする。
「この世界は……、ハリボテって……ことですか?」
ユリアは困惑する。
するとヴィーナは肉を貪ってるレヴィアの背中をパン! と、叩いてワイヤーフレームにした。金髪おかっぱ娘は透明となり、ただ、細く白い線が彼女の輪郭を丁寧に表示し続ける。
最初レヴィアはそれに気づかず、肉を貪る。すると肉は丸呑みされて胃の方へと流れて消えていった。
その面妖な情景にユリアは固まる。
「別にハリボテじゃないわよ。中身詰まってるから」
ヴィーナはうれしそうに言った。
「何がハリボテ……、はっ!? 何するんですか! エッチ!」
レヴィアは自分が透け透けになっていることに気がついて怒る。
「はははっ、ゴメンゴメン。でも、透明だと迫力無いわね」
「もぅ! 早く戻してくださいよ!」
「追加のお肉お持ちし……ま……、えっ?」
揉めてると店員が入ってきて固まる。
透明のワイヤーフレーム人間が隣の女性につかみかかっているのだ。それはお化けとか幽霊とかそう言う類に見える。
ヴィーナは固まってる店員から肉の皿を受け取ると、パチンと指を鳴らし、
「ありがと。あなたは何も見てないわ」
そう言ってニコッと笑う。
「はい、何も見ていません……」
店員はぼーっとした表情でそのままゆっくりと出ていった。
「世界が情報で出来てるというのは分かりました。でも、情報であることと操作できることは別の話……ですよね?」
ユリアは真剣な目で聞く。
「あら、すごいわね。そうよ。オリジナルな宇宙では操作なんてできないわ」
「え!? では、ここはオリジナルでは……ない?」
「まぁ、見た方が早いわね」
ヴィーナはそう言うと、右手を高く掲げる。
直後、四人は真っ暗な宇宙空間に放り出された。
「うわぁ!」
無重力の中で慌てるユリアは、ジェイドの腕にガシッとしがみつく。
そこは満天の星々の広がる宇宙空間、そして、足元を見て驚いた。そこには紺碧の鮮やかな青色を放つ巨大な惑星が浮かんでいたのだ。
「へっ!?」
真っ暗な宇宙空間に浮かぶ、壮麗な青……。それは、神々しさすら覚える澄み通った穢れなき美しい輝きだった。
ユリアが魅せられているとヴィーナが言った。
「あれが海王星。あなたの星や私たちの星、『地球』って呼んでるんだけど、地球の実体はあそこにあるわ」
「実体……?」
ユリアは何を言われているのか分からず眉をひそめる。
「行ってみましょ!」
そう言うと、四人を囲んでいた透明なシールドごと、ものすごい勢いで加速させる。
「うわぁ!」
ユリアは体制を崩して思わずジェイドに抱き着き、ジェイドはうまくユリアをホールドするとニコッと笑った。
3-9. 六十万年の営み
少しずつ大きくなっていく海王星。
よく見ると表面には筋模様が流れ、ところどころ暗い闇が浮かび、生きた星であることを感じさせる。
目を上げれば、十万キロにおよぶ壮大な美しい楕円を描く薄い環が海王星をぐるっと囲み、その向こうを濃い天の川が流れている。
ユリアはその雄大な大宇宙の造形に圧倒され、思わずため息をついた。
どんどん海王星へと降りて行く一行――――。
「さぁ、大気圏突入よ! 衝撃に備えて!」
ヴィーナは楽しそうにそう言うと、何重かに張ってあるシールドの先端が赤く発光し、コォ――――っと音がし始めた。
やがてその光はどんどんと輝きを増し、直視できないくらいにまばゆくなっていく。
「こ、これ、大丈夫なんですか?」
ユリアは顔を手で覆いながら聞く。
「失敗したらやり直すから大丈夫」
ヴィーナはこともなげに答える。
「や、やり直す……?」
ユリアが言葉の意味をとらえきれずにいると、レヴィアは、
「時間を巻き戻してもう一回やるってことじゃ。女神様を常識で考えちゃイカン」
と言って、ポンポンとユリアの肩を叩き、ユリアは絶句する。
やがて発光も収まり、一行は雲を抜け、いよいよ海王星へと入って行く。
目の前に広がる真っ青な星の表面はところどころ台風の様に渦を巻いており、まるで荒れた冬の海を思い起こさせる。
「こんなところに私たちの星があるんですか?」
ユリアは怪訝そうに聞く。
「そうよこの星の中に地球は一万個ほどあるのよ」
「一万個!?」
ユリアはその途方もない話に唖然とする。
この荒れた海の様な世界に、自分たちの星を含め、一万個もの星があって無数の人が息づいているというのだ。
ユリアはジェイドの手をギュッと握り、ジェイドを見る。
するとジェイドは温かいまなざしで優しく微笑んでうなずいた。
海王星はガスの惑星、地面はない。一行は嵐の中、青に染まる世界をどんどんと下へと潜っていく。
徐々に暗くなり、下は恐ろしげな漆黒の世界となっていくので、ユリアは思わずジェイドの腕にしがみついた。
真っ暗な中を進むと、やがてチラチラと遠くの方に明かりが見えてくる。何だろうと思っていると、それは巨大な構造体の継ぎ目から漏れる明かりだった。
「えっ!?」
人の気配すらない壮大な惑星の中にいきなり現れた、無骨な巨大構造物。その異様さにユリアは圧倒される。
それは広大な王宮が何個も入りそうな壮大な直方体で、上部からはまるで工場の様に煙を噴き出していた。さらに近づくと、漏れ出る明かりに照らされて、吹雪の様に白い物が舞っている様子が浮かび上がる。
そして、その構造物はよく見ると向こう側にいくつも連なっていて、まるで吹雪の中を進む巨大な貨物列車の様に見えた。
「これが地球の実体『ジグラート』よ」
ヴィーナは淡々と説明する。
「な、なんで、こんな所に?」
「ここはね、氷点下二百度。太陽系で一番寒い所だからよ。コンピューターシステムは熱が敵だから……。あ、あなたの地球はこれね」
そう言って、奥から迫ってくる次のジグラートを指さし、近づいて行く。
ジグラートは高さが七十階建てのビルくらいで、その高さの壁が延々と一キロメートルくらい向こうまで伸びている。その巨大さにユリアは圧倒され、言葉を失う。
漆黒の壁面パネルは不規則にパズル状に組み合わされており、そのつなぎ目から青白い灯りが漏れ、その幾何学模様の造形は前衛的なアートにすら見えた。
これが自分が生まれ育ってきた星……という事らしい。壮大なオンテークとその森や美しい南の島の海、泳ぎ回る魚たち、そして、王都とそこに住む十万人の人たち、それらがすべてこの構造体の中に息づいているという。それはあまりに飛躍しすぎていてユリアはうまく理解できなかった。
「これ作るのに、どれくらい時間かかったと思う?」
ヴィーナはニヤッと笑ってユリアに聞いた。
「え? これ……ですか……? うーん、千年……? いや二千年とかですか?」
「六十万年よ」
そう言ってヴィーナは肩をすくめた。
3-10. 本当の私
「ろ、ろ、六十万年!?」
予想だにしなかった答えにユリアは唖然とする。
「ヴィーナさんが……つくられたんですか?」
ユリアは恐る恐る聞いてみる。
するとヴィーナは首を振る。
「海王星人が作ったんじゃ」
横からレヴィアが答えた。
「海王星人? どなた……ですか?」
「今はもうおらんな」
レヴィアは肩をすくめる。
「えっ!? こんなすごい物を作ったのにいなくなっちゃったんですか?」
「人間は六十万年なんて生きられんのじゃ」
「子孫が生まれていくじゃないですか」
「産まなくなっちゃうんじゃ」
「へ? そ、そんなことって……」
「不思議じゃろ?」
レヴィアは含みのある笑みを浮かべる。
「では皆さんはどういった経緯で……地球に関わられているんですか?」
ヴィーナとレヴィアは顔を見合わせ、少し困った顔をする。
「そのー、あれだ。この宇宙に人間が現れたのは五十六億七千年前のことじゃ」
「すごい……、古い話ですね?」
「で、この宇宙がこういう形になったのは誠さんが決めたんじゃ」
「誠さん? さっきの男性の方……、では彼は五十六億年生きてるってこと……ですか?」
「誠はまだ三十代よ」
ヴィーナは呆れたように言う。
「えっ、えっ?」
「ちなみにこの海王星作ったのは私だけど、まだ二十代よ」
ヴィーナはニヤッと笑ってウインクした。
「そのぉ……、時間がおかしいんですが……」
ユリアは困惑する。
「ヴィーナ様が若いのは代替わりなだけじゃが、誠様のは宇宙の法則の話じゃ。宇宙は無数の可能性の集積で作られておる。そして、宇宙は時の流れに従う訳でもないんじゃ」
「え? 時間の流れが変わったりするんですか?」
「そもそも時間が過去から未来へと流れていると感じてるのは人間だけなんじゃ。物理的には過去も未来もただの方向の違いに過ぎん。宇宙にとっては過去も未来も同じってことじゃな」
「そ、そんな……。では、未来が過去を変える事もあるってことですか?」
「変える事はない。ただ、未確定のところが確定されるってことじゃな……」
「未確定?」
「量子力学の世界では状態が確定していない方が普通なんじゃよ」
「量子……力学……???」
ユリアはパンクしてしまった。
「はいはい、そのくらいにして、着いたわよ」
ヴィーナはそう言うと、シールドを出入り口のハッチに横付けした。
◇
ジグラートの中に入ると、まるで満天の星々の様に無数の青い光がチカチカとまたたいていた。
「うわぁ……」
ユリアが見とれていると、ヴィーナが照明をつける。
すると、そこには小屋くらいのサイズの円筒形の金属がずらりと並んでいた。床の金属の網目を通して、上の方にも下の方にも延々と並んでいるのが見える。
「これがあなたの星の実体よ」
ヴィーナはドヤ顔で言う。
しかし、ユリアにはこれらの無数の円筒が何を意味するのかピンとこない。
「ついてきて」
ヴィーナはそう言うと脇の階段をカンカンと音を立てながら登り始めた。
そして、上の階をしばらく歩き、ある円筒を指さして止まる。
「これがあなたよ」
ユリアは何を言われてるのか分からなかった。なぜ、金属の塊が自分なのだろう?
「みてごらんなさい」
そう言うと、ヴィーナは円筒に挿さっていた畳サイズのブレードを少し引き抜く。円筒はこのブレードの集合体だったのだ。
ブレードは精緻なガラス細工の集合体で、無数の細かな光がチラチラ瞬いてまるで芸術品のような美しさを見せていた。
「これは何……へっ!?」
ユリアが質問すると、そのチラチラとした瞬きが言葉に合わせて規則的な波紋を描く。
「これは光量子コンピューター。この光の波紋があなたよ」
「えっ!? ちょっと! えっ!?」
ユリアは混乱した。自分の声や動作に合わせて光の波紋がキラキラと美しく泳動する。確かにそれは自分と密接なものであることは疑いようのない事だった。しかし、自分がこのガラス細工だと言われてしまうとそれはアイデンティティに関わる重大な話である。
「こうやって、あなたの星にあるものは全てここの光コンピューターが創出しているのよ。全体で十五万ヨタ・フロップス。桁外れの計算力よ」
ヴィーナはうれしそうに言った。
「これが……、本当の……、私……」
ユリアはそっとガラス細工に手を伸ばし、そっと触れてみる。ガラスはほんのりと暖かく、チラチラと明滅する明かりが指を照らした。
「あ、ちなみに魂はあっちの別のところで一括管理してるわ」
「そ、そうなんですね……」
ユリアはうつろな目で答える。
3-11. 巻き戻される世界
「ここのデータを今度昔の物に全部入れ替えるわ。そこからがあなたの出番よ」
ヴィーナはニコッと笑って言う。
この膨大なコンピューターのデータを全部昔のデータに換装するというのだ。
「え……? あ、それをすると昔に戻るってことですか? 時間を巻き戻すわけではないんですね」
「時間は巻き戻せないわ。でも、この星の人たちにとっては巻き戻したのと同じ効果があるのよね」
「なるほど……、そうかも……しれません」
ユリアは理屈では分かるものの何だか釈然としない思いが残った。
追放も裏切りも優しさも全て無かったことにされる。自分たちが必死に生きた時間がただのデータとして処理され、昔のデータに書き換えられる。その軽さがモヤモヤとなってユリアにまとわりついた。
とは言え、亡くなった人もそれで生き返るのなら、そっちの方がいいのは明白ではあるのだが。
ここまで考えて、ユリアはふと違和感に包まれる。データを入れ替えて亡くなった人が生き返るのなら命とは何なのだろう? 死んでしまった人が生きていた昔の続きを生きるとして、それは同じ人と言えるのだろうか?
しかし、それは哲学的で答えは出なかった。
ユリアは周りを見回してみた。何百枚ものブレードが挿さった円筒が、はるか彼方向こうまで延々と並んでいる。なるほど、これが自分たちの星なのだ。そして、これで過去に戻っていく……。
ユリアは期待と不安の混ざった心持ちで、円筒でチカチカと明滅するランプの群れをボーっと眺めていた。
◇
焼肉屋に戻ってきた一行は、しばらく歓談したのちに解散となった。
「今晩はこのホテル使って」
ヴィーナはそう言うとカードキーをユリアに渡す。
「ドラゴン、あなた行き方わかるわね?」
「はい、前回もここ泊まりました」
「よろしい。それでは明日十時にオフィス集合ね。熱い夜を楽しんでね! チャオ!」
ヴィーナはウインクしながら上機嫌に消えていった。
◇
しばらく二人は手を繋いで東京の街を歩く。
道にはレクサスにテスラにベンツ、そしてタクシー、トラックがひっきりなしに走り、その道の上空には首都高速が通っている。王都の石畳の道をのどかに走る馬車しか見たことのないユリアにはまるで夢の世界だった。
そして、道の脇にはきらびやかな飲食店にコンビニ、そして夜のお店……。ユリアは思わずため息をつき、ただ圧倒されていた。
すると、超高層ビルを指さしてジェイドが言った。
「あそこだよ」
ユリアはビルの間に見えてきたひときわ高いビルに目を奪われる。
「えっ!? あれがホテル?」
全面ガラス張りのそのビルは上品な照明が窓からのぞき、流れるようなラインを夜空に向かって描き、その威容を誇っていた。
「部屋番号は5001、あのビルの五十階だ」
「五十階!?」
ユリアはビルを見上げ、自分がそんな所に本当に泊まれるのか心配になった。
ジェイドはそんなユリアをそっと引き寄せると、
「素敵な部屋だから大丈夫だよ」
と耳元でささやく。
ユリアはゆっくりとうなずいた。
◇
部屋のドアを開けると、そこはスイートルーム。豪奢なインテリアで彩られ、リビングのテーブルにはフルーツの盛り合わせが飾ってあった。
そして、大きな窓の外には東京の夜景がどこまでも広がっている。
ユリアは窓に駆け寄り、
「うわぁ……」
と、圧倒されながら煌びやかな高層ビル群や首都高を走る車の群れを眺めた。
ジェイドもそっと寄り添って一緒に夜景を眺める。
「ねぇ……、ジェイド?」
「どうした?」
「さっきの話、本当なのかな?」
ユリアは首をかしげながら言う。
「女神様は嘘などつかない。ここから見える景色もまたジグラートの中で作られたものだ」
「ここに住んでいる人は知ってるの?」
「知らない。でも、たまに気がついちゃう人がいて、いたずらを仕掛けてくるらしいよ。お金儲けに使ったりね」
「いたずら……。ふぅ、私なんて、ジグラートを見せられたって信じられないのに」
ユリアは眉をひそめてジェイドを見る。
ジェイドはそっとユリアの髪をなでて言った。
「何はともあれ、二人とも無事でよかった」
ユリアはニコッと笑って、
「本当によかった……」
と言うと、ジェイドをハグし、ジェイドの精悍な男の匂いを吸い込む。
温かな安心感に満たされ、ユリアは幸せそうな笑顔を浮かべる。
「ジェイド……。もうダメかと思っちゃった……」
「心配かけたね、ありがとう」
ジェイドはユリアの背に手をまわし、髪に頬よせて言った。
3-12. 一回だけ
「あのね……」
「なに?」
「私もう、ジェイドがいないとダメみたい」
ユリアはか細い声を出した。
「……」
ジェイドは無言で動かなくなる。
「め、迷惑……、かな?」
ユリアはジェイドの反応に不安を覚え、慌てて言う。
「迷惑なんかじゃない。ありがとう……」
ジェイドは堅い調子で答える。
「な、何か……あった?」
ジェイドは大きく息をつき、しばらく何かを考え、口を開いた。
「……。我はドラゴン。天与の異能で偉そうに生きてきたが……、それは単に神様が設定してくれた力に過ぎない。要は配られたカードが良かっただけだ」
「えっ?」
ユリアは意外な言葉に驚く。
「人に大切なものが心だとするなら、我には自信がない。損得勘定せず、ひたすらに人々の事を願って動くユリアが輝いて見える。それに……、研修が終わればユリアは神の力を得る。もはや神様……。そんなユリアの隣に立つ自信が……ない」
ジェイドはそう言ってうつむく。
ユリアは少し離れ、ジェイドをじっと見つめて言った。
「何言ってるの? 神の力を得たって私は私よ。私はジェイドにどれだけ救われたか。ドラゴンの力に惹かれてる訳じゃないのよ?」
ジェイドは顔を上げ、弱った顔でユリアを見つめる。
「私を大切にしてくれる気配り、力におぼれない節度、誰にでもできる事じゃないわ。もしあなたがドラゴンじゃなくても、一緒にいたいの……。もっと胸を張って」
ユリアはそう言って真剣な目でジェイドを見つめた。
ジェイドは目をつぶり、大きく息をつく。そして、
「ありがとう……」
と言うと、ニコッと笑って優しくユリアの髪をなでた。
見つめ合う二人。
ジェイドの瞳に映るキラキラとした東京の夜景を見つめ……、ユリアは思わず吸い寄せられるように、背伸びをしてジェイドの口を吸った。
少し驚いたジェイドだったが、チロチロと動くユリアの舌を自分の舌で絡める。
二人は思いを確かめ合うように激しくお互いを求めた。
やがて離れると、ジェイドはユリアをお姫様抱っこをする。
「きゃぁ!」
少し驚いたユリアだったが、ジェイドの赤い炎の揺らめく瞳を見つめ……、そっとうなずいた。
ダブルベッドの上に優しく横たえられたユリアは、ワンピースの胸のひもを緩める。
そしてトロンとした目で、ジェイドに両手を伸ばす。
「来て……」
ジェイドは少し躊躇するそぶりを見せたが、ニコッと笑うとユリアの上に覆いかぶさった。そして見つめ合うと、またくちびるを重ねる。
そして、キスをしたままジェイドはユリアのしっとりと柔らかい白い肌に指をはわせた。
あっ……。
思わず漏れる吐息。
ジェイドはさらにユリアのデリケートな所へと指を伸ばした。
部屋にはユリアの可愛い声が響く。
やがてユリアは頬を紅潮させ、ジェイドの耳元で
「お願い……」
と、囁いた。
ジェイドはうなずき、優しくユリアの服を脱がすと重なっていく……。
お互いの危機を助け合い、一緒に冒険し、ジェイドの死を乗り越えて今、二人はここにいる。思い出を重ねてきた二人は東京の新たなステージでついに一つに結ばれる。
その晩、二人は何度も何度も激しくお互いを求めあい、東京の夜は更けていった。
◇
翌朝、香ばしいコーヒーの香りが漂ってきてユリアは目が覚めた。
見ると、バスローブ姿のジェイドがコーヒーを入れている。
ユリアは心の底から湧いてくる温かいものに包まれながら、ジェイドの姿を眺めていた。
とめどなくあふれてくる幸福感に、あまりに嬉しすぎてつい涙をこぼす。
こんなに幸せでいいのだろうか?
ユリアは仰向けになって思わず目頭を押さえた。
絶望を超えてたどり着いた大都会東京。そこに輝ける未来があった。それはまるでおとぎ話のようでもあり、またある意味神話と言えるかもしれない。
「おはよう、お姫様」
気がつくとジェイドがベッドサイドでほほ笑んでいた。
「お、おはよう……」
ユリアは昨晩を思い出し、真っ赤になって毛布で顔を隠す。
ジェイドはそんなユリアを優しく見つめ、額に軽くキスをする。
するとユリアはジェイドに抱き着き、唇を求めた。コーヒーの香ばしい匂いが口の中に広がる。
二人は昨晩を思い出しながら舌を絡めていく……。
「ダメだ、また欲しくなっちゃう」
ジェイドがそう言うと、
「ダメ……なの?」
と、トロンとした目でユリアが聞く。
「じゃ、じゃぁ……一回だけ……」
「一回だけ?」
ユリアは激しく舌を絡めた。
3-1. 爆弾の皇帝
その頃、東京でも動きがあった――――。
ウェーブがかった美しい金髪を揺らし、少女「ルドヴィカ」は田町の街を歩いていた。大胆に大股で歩く、ミニスカートから延びるすらりとした生足に、すれ違う人も目を奪われている。国道十五号線を行きかうバスやタクシー、ずらりと並ぶガラス張りの高層ビル、遠くには赤い東京タワーも見える。少女は楽しそうに歩き、高級マンションの前まで来ると、まるでドラッグをキメたかのように狂気を孕んだ瞳でキャハッ! と笑ってマンションを見上げた。
マンションの最上階、メゾネット造りの気持ちのいいオフィスにきた少女は、会議室へと案内される。少女はずらりと並ぶ面々をチラッと見ると、フンと鼻を鳴らし、席に着く。
「ルドヴィカさん、わざわざ来てもらってすみませんね」
チェストナットブラウンの髪を揺らし、琥珀色の瞳を輝かせながら、神懸った美しさを放つ女性「ヴィーナ」が口を開いた。
「いや、全然かまわないわ」
ルドヴィカはやや反抗的な口調で答える。
「さっそくで悪いけど、これを見てくれるかしら?」
そう言ってヴィーナは会議机の上にグラフをいくつか浮かび上がらせた。
「あなたに管理を任せていた星の情報よ。戦乱だらけで人口……、多様性……、その他全ての点で急速に悪化してるの。説明をしてもらえるかしら?」
ヴィーナはポインターでグラフを指し、ルドヴィカを静かに見つめた。
「説明もくそも、見たまんまよ!」
そう言って肩をすくめる。
「では、廃棄処分に同意という事でいいかしら?」
ヴィーナは淡々と事務的に言った。
「ふん! あんたらはいつもそうよ。お高く留まって偉そうに処分をするだけ! いいご身分だこと!」
ルドヴィカは叫ぶ。
「あなたの行動記録……見たわよ。管理者権限使って酒池肉林に享楽の数々……。それで批判するの?」
抑制的なトーンで返すヴィーナ。
くっ!
ルドヴィカは歯をぎゅっと食いしばると、いきなり立ち上がり、腕を高く上げて、
「爆弾の皇帝!」
と、叫んだ。
直後、窓の向こう、東京タワー上空で激烈な閃光が放たれ、東京は瞬時に鮮烈な熱線に灼かれた。街路樹は一瞬にして黒焦げとなって燃え上がり、ガラスは溶け、街ゆく人々は瞬時に沸騰して爆発した。
閃光がおさまると、白い繭のような衝撃波が広がっていき、ビルは次々と吹き飛び、東京全域を瓦礫の山へと変えていく。
「キャハッ! ざまぁみろ!」
イカれた狂気を孕んだ目で叫ぶルドヴィカ。
しかし、全てを焼き尽くす史上最強の核兵器爆弾の皇帝をまともにくらいながらも会議室はビクともしなかったし、出席者も白けていた。
「どうしてみんなコレやるのかしら?」
ヴィーナはウンザリしたように肩をすくめる。
そして、腕を高く掲げると、
「後退復帰!」
と、叫ぶ。直後、窓の外が青白い光の奔流に覆いつくされ……、やがて光が晴れるとそこには爆破前の東京が戻っていた。
「へっ!?」
唖然とするルドヴィカ。
青空に東京タワーがそびえ、道には多くの車が行きかい、爆発前と寸分たがわない東京がそこにあった。
「ご苦労様、言い残すことは?」
ヴィーナは鋭い視線でルドヴィカをにらむ。
「くっ! 化け物どもめ! グァ――――!」
ルドヴィカは怒りに任せてこぶしを会議テーブルに叩きつけ、粉々に砕いて吹き飛ばすとヴィーナに飛びかかった。
「くらえ!」
渾身のパンチがヴィーナの頬にさく裂し、ヴィーナは吹き飛ぶ。
そして、ルドヴィカはそれを追いかけると馬乗りになり、両手で次々とヴィーナを殴った。唇が切れて血が飛び散り、ゴスッ! ゴスッ! と猟奇的な鈍い音が部屋に響き続ける……。
「死ね! 死ね!」
しかし、殴りながらルドヴィカは違和感に囚われた。
なぜ誰も止めないのか……?
そして、血にまみれた殴る手を止め、恐る恐る周りを見ると、ニコニコと笑っている水色の髪の女の子「シアン」一人を残して、他には誰もいなくなっていた。
「な、何で……止めないんだ?」
ルドヴィカはけげんそうに聞く。
「だって、それただの人形だもん。きゃははは!」
シアンは楽しそうに笑った。
「に、人形!? くっ……」
ルドヴィカは血まみれとなった女性の人形を忌々しそうに見つめ、大きく息をつくと首を振った。
3-2. 一億年の刑罰
「さて、君、テロリスト集団に魂を売ったね? 情報、吐いてもらうよっ!」
シアンはうれしそうに言う。
「バーカ、仲間を売るわけねーだろ!」
ルドヴィカは今度はシアンに殴りかかったが……、こぶしはシアンをすり抜け、空を切った。
「きゃははは! もうこの部屋は『時の結晶』に変えてある。この世界には君しかいないんだ」
「また、面妖なシステムを作りやがったな……。だが、何したって無駄だ! 吐くぐらいなら死んでやる」
「どうやって死ぬの?」
シアンはニコニコして聞く。
「そんなのこれで心臓一突き……。あれ……?」
ルドヴィカは机の破片を拾おうとして、手がすり抜けてしまったことに驚く。
「君の身体はもう何とも干渉しない。まぁ幽霊みたいなものだよ。お腹もすかないし、老化もしない。死ぬことなんて無理だねぇ。きゃははは!」
「マ、マジかよ……」
唖然とするルドヴィカ。
「じゃあ、僕は十年後に来るよ。その時、また返事を聞こう」
「じゅ、十年後!?」
「そう、その次は百年後、その次は千年後……、さて、何年後に吐いてくれるかな?」
シアンはワクワクしながら言う。
「ちょ、ちょっと待てよ! そんな未来に情報吐かせたって意味ねーだろ!?」
「『時の結晶』内の一億年って外の世界の一日くらいなんだよね……」
シアンは首をかしげる。
「一億年!?」
「そうだ、最初から一億年待ってみようか?」
シアンは満面に笑みを浮かべて言う。
「ま、ま、ま、待ってくれ!」
ルドヴィカは顔面蒼白になって頼む。
「一億年じゃ全部忘れちゃうか。では、十年後、また会おうね! きゃははは!」
シアンは嬉しそうにそう言うと、消えていく……。
「あっ! 待てって言ってるだろ! チクショー!!」
ルドヴィカは必死に吠えたが、その声はどこにも届かなかった。
◇
一分後、シアンが部屋に戻ってくると、ルドヴィカは十年の放置ですっかりやられてしまい、ぐったりと床に転がり、うつろな瞳がただ宙を映していた。
「おまたせちゃん! 吐く? それともまた百年待つ?」
シアンはニコニコしながら聞く。
ルドヴィカはヨロヨロと起き上がると、おもむろにシアンに土下座をした。
「全て……吐きます。だから……殺してください……」
シアンはうれしそうにうんうんとうなずいた。
◇
「パパー! テロリストの拠点が分かったよ~!」
シアンはメゾネット造りのオフィスの階段を下りながら、手を振って言った。
「よくやった。それじゃ作戦会議だ」
パパと呼ばれた男性「誠」はニコッと笑い、ヴィーナたちを再度集める。
「ルドヴィカの星はどうしよう?」
「そんなの廃棄処分以外ないわよ。テロリストがどんな仕掛けを残してるか分からないんだから」
ヴィーナは言い切る。
「残念だけど仕方ないわね」「もったいないけどなぁ……」
他のメンバーも渋々同意する。
腕を組んで目をつぶり、渋い顔をしていた誠が意を決したように言う。
「では、廃棄で行こう」
「それじゃ、システムはシャットダウンして初期化するわね」
ヴィーナはそう言って手を高く上げる。
「ちょ、ちょっと待って……」
誠はヴィーナの手をつかんだ。
「何よ? また予言?」
いぶかしげにヴィーナは言う。
「焼却処分したらいい事ありそうなんだよな……。シアン、焼却処分でお願い」
そう言って誠はシアンに頼んだ。
「わかったよ。きゃははは!」
シアンはうれしそうに笑う。
「まぁ、いいわ。で、テロリストはどうすんのよ? 私は嫌よ」
ヴィーナはジト目で誠を見る。
「あー、新人たちに任せるか。四人いたよね?」
「新人……ですか?」「うーん……」
メンバーたちは不安そうに眉をひそめる。
「実戦を経験して育てないといけないかなって……。四人で勝てそう?」
誠はシアンに聞く。
「うーん、ヴィクトルなら一人でもいけるんじゃない?」
「ヴィクトル?」
「ドラゴンと結婚した大賢者よ」
ヴィーナが言う。
「あー、あの六歳児!」
「あの子、もう子供いるのよ。可愛いドラゴンの女の子」
ヴィーナは幼女の映像を空中に浮かべ、目を細めながら言う。
「えっ!? 六歳児が!?」
「もういい青年よ。ほらこれ」
そう言いながら映像に出てきた若い男を指さす。
「へぇ……。じゃあ、彼に出動してもらうようにお願いできるかな?」
「え――――、私? 自分でやりなさいよ」
ヴィーナは口をとがらせてジト目で誠をにらんだ。
「僕から言っとくよ!」
シアンはニコニコしながらiPhoneを取り出す。
そして、画面をつらつら見ながら、
「あら、テロリスト集団はヴィクトルの星の南極に逃げだしたみたい。都合いいかも」
と、どこかに電話をかけた。
3-3. アポカリプス
所変わってオンテークの森――――。
自分たちの星が焼却対象となってしまったことも知らず、ユリアたちは夕飯を食べていた。
ユリアは食欲のない様子で、王都の惨状を話す。
ジェイドは、
「危ない事はしちゃダメだ」
と、怒っていたが、想像以上の荒廃っぷりに渋い顔をし、ため息をついた。
「どうなっちゃうのかな……?」
ユリアは心配そうに聞く。
「そこまで荒廃すると……、神様に見限られてしまう……かもしれん……」
「見限られるって……?」
「この星が消されるってことだよ」
「えっ!? そ、それはダメよ! そんなことになったら私たちも消されちゃうって……ことよね?」
「そうだ……」
極めて厳しい事態に追い込まれたことに二人はうつむき、沈黙の時間が続いた……。
「ねぇ、何とかならない……かな?」
キリキリと痛む胃を押さえながら、ユリアは口を開く。
「神様のやることに我々は干渉できない。何しろ我々を作ったのは神様なのだから……」
「そんな……」
ユリアは青い顔をしてうつむく。
◇
早々に食卓を片付け、寝支度をしている時だった。
パーパラッパー! パパパッパー!
外で高らかにラッパの音が鳴り響く。
「えっ!?」
ジェイドはあわてて窓を開いて空を見上げる。
ラッパの音は夜空高く、宇宙から降り注ぐようにオンテークの森に響き渡っていた。
「ア、アポカリプスだ……」
ジェイドは顔面蒼白となり、空を見つめたまま動かなくなる。
「な、何なの……? それ?」
ユリアはジェイドの異様な様子に恐る恐る聞く。
「終末を告げるラッパ……、神様がこの星を終わらせると宣言したんだ……」
ジェイドは呆然としながら崩れ落ちた。
「えっ! この星、消されちゃうの!?」
真っ青になるユリア。
ジェイドは無言でゆっくりとうなずく。
「ど、どうやって消されるの?」
「分からない……」
ジェイドはそう言って、うなだれた。
世界の終わりがやってくる。
いきなりの死刑宣告に二人とも言葉を失い、ただ、呆然とするばかりだった。
やがてラッパの音が鳴りやみ、静けさが戻ってくる。
ユリアはこれから始まる死刑執行をどうとらえていいのか途方に暮れ、窓辺で夜空を見上げた。
その時だった。夜空の向こうに、何かぼうっと赤く光る点がゆっくりと動く。
「あれ……、何かしら?」
ジェイドは立ち上がってユリアの指さす先を見る……。
すると、目をカッと見開き、叫んだ。
「巨大隕石だ! デカい……ニ十キロはあるぞ!」
ニ十キロと言えば、王都だけでなく、王都を囲む盆地全体が覆い隠されるサイズ。落下したエネルギーで、この星の生きとし生けるものは全て燃やし尽くされてしまうだろう。神様が選択した星の消去方法は巨大隕石による焼却処分だったのだ。
「ニ十キロ!?」
ことの深刻さにユリアは言葉を失う。
するとジェイドはユリアの目を見つめ、
「我が隕石の軌道をそらして浮かす。ユリアは全力のシールドで宇宙へ帰っていくようにさらに軌道を変えてくれ」
「えっ!? 軌道をそらすってもしかして?」
ユリアは嫌な予感がした。
「愛してるよ、ユリア……」
ジェイドは覚悟を決めた目でユリアを見つめる。
「待って! 止めて!」
ユリアはジェイドにしがみつく。彼は自分の命をなげうってこの星を守ろうとしているに違いない。ジェイドが失われた未来、そんなのどう考えても受け入れられない。
しかし、ジェイドはそっとキスをするとユリアの手を振りほどき、窓の外へと跳ぶ。
「ジェイド――――!」
ユリアの叫び声が響く中、ジェイドはドラゴンの姿に戻り、いまだかつてなく激しく光り輝くと隕石の方へとすっ飛んで行った。
「いやぁぁぁ!」
ユリアはいきなり訪れた別れの、胸が張り裂けるような痛みに貫かれ、絶叫する。
隕石は徐々にまぶしく輝き始め、世界の終わりが近づき、ジェイドの鮮やかな青白い軌跡はまっすぐに隕石の飛び先へと進む。
夜空に展開される多くの命のかかった鮮烈な光の共演。それはユリアの胸を絶望に染め、ただ力なく手を伸ばすばかりだった。
そして、両者が交わる――――。
直後、激しい閃光が夜空を、大地を光で埋め尽くした。
3-4. 降り注ぐ命の輝き
「いやぁぁぁ!」
最愛の人の最期、その激烈な光の洪水を浴びながらユリアは自分がバラバラになってしまうような衝撃で泣き叫ぶ。自分を救ってくれて、そして、大切に優しく慈しんでくれたかけがえのないジェイド。その愛しい命がまばゆい光となって大地に降り注いでいる……。
「あぁぁぁ……、ジェ、ジェイド……」
ユリアは焦点のあわない目でそうつぶやくと、奥歯をカチカチと鳴らしながら、真っ青な顔をして窓辺にもたれかかった。
光が晴れていっても、隕石は輝きながら飛んでいる。ただ、いくつかに分裂し、軌道も大きく変わっていた。
ユリアはジェイドに託された作戦を思い出し、全力のシールドを張るべく体に力を入れようとしたが、手がブルブルと震えて上手くいかない。
「ダ、ダメ、ちゃんとやらなきゃ!」
ユリアはポロポロと涙をこぼしながら深呼吸を繰り返し、意識を集中して超巨大なシールドを隕石の進行方向に斜めに展開した。
秒速ニ十キロの超高速でシールドに突入した隕石群は、衝突の衝撃でさらにバラバラに砕けながら斜め上に弾き飛ばされていく。
隕石の破片群はまるで壮大な花火のように、激しい光の軌跡を描きながらゆっくりと高度を上げていき、やがて宇宙へと帰っていった。
ユリアは両手を夜空に向けたままハァハァと荒い息をしながら、満天の星々が戻ってくるさまを呆然と眺める。
ホウ、ホーウ……。
まるで何もなかったかのように、静けさを取り戻した森からは鳥の鳴き声が聞こえてくる。
「ジェ、ジェイド……?」
ユリアはまだ現実感が湧かず、力なくつぶやく。
必死にジェイドの気配を探索したが……、どこにもジェイドの姿は見つけられなかった。
「ジェイド――――! ねぇ! ジェイド――――!」
ユリアの絶叫はただ静かな森へと吸い込まれていく。
うっうっうっ……。
ユリアはジェイドが消えた辺りの空をじっと見つめながら、涙をポタポタと落とし続けた。
やはりジェイドは身を挺してこの星を守ったのだ。ユリアを残して……。
◇
すると、流れ星のような光跡がツーっと夜空から降りてくる。
「ジェイド……?」
ユリアはその光跡を目で追う。やがてその光は激しく輝きながらグングンと近づいてきてユリアは思わずしゃがみ込む。
きゃぁ!
光は窓を抜け、部屋に入ってきた。室内をまばゆく照らす眩しさに目がくらむユリア。
ひぃぃ!
パリパリ! というスパークがはじける音が部屋中に響き渡った。
「君、すごいね!」
光の中から若い女の声がする。
「えっ!?」
光がおさまって、中から現れたのは水色の髪の女の子、シアンだった。
「隕石を止められたなんて初めてだよ」
そう言ってニコニコと笑う。
「あ、あなたが隕石を落としたんですか!?」
ユリアはシアンに食ってかかる。
「そうだよ?」
シアンは悪びれることなく平然と言った。
あまりのことにユリアは泣き叫びながら喚く。
「な、なんてことするのよ! ジェイドを返してよ!」
「いいよ!」
ニコニコとするシアン。
「え?」
あっさりとOKされてしまって、拍子抜けのユリア。
「ドラゴン、生き返らせてあげるよ」
シアンはサムアップして嬉しそうに言う。
「あ、あ、じゃあ、お願い……します……」
この星を滅ぼそうとしながら、ジェイドを生き返らせるという、この軽い女の子が一体何を考えているのか全く分からず、ユリアは困惑しながら頼む。
「ただ、一応パパの許可を取らないとね。東京行くからついてきて」
シアンはそう言うと、ユリアの手を取って一気に空間を跳んだ。
◇
ユリアが気がつくと、目の前には美しい間接照明を施したガラスづくりの建物がたくさん並んでいた。
「うわぁ……」
思わず目を奪われるユリア。
そこは表参道だった。
最愛の人を失った絶望から急に煌びやかな東京に連れてこられて、ユリアは頭が追いついていかない。
街ゆく人たちはみんな着飾っていて、見たことも無いようなエレガントなファッションに身を包んでいる。ユリアは圧倒され、みすぼらしい自分のワンピースを少し気にした。
「お願いする時はケーキ買わないとね」
シアンはそう言いながら綺麗な歩道を楽しそうに歩きだす。
「えっ? ちょ、ちょっと待って……」
ユリアは初めて見るオシャレな街に気圧されながら、シアンを追いかける。
ショーウィンドウには見たことも無いようなオシャレなドレスやアイテムが煌びやかに展示され、そんな店が次から次へと並んでいるのだ。王都でも見たことがないそのハイセンスなファッションストリートにユリアは気後れし、シアンの陰に隠れるように後ろをついて行った。
3-5. 時を駆ける少女
「ここのケーキにしよう!」
シアンは楽しそうにガラス戸をあけてケーキ屋へと入って行く。
ガラスのショーウィンドウの中には、芸術品のような造形をしたケーキが所狭しと並び、繊細な照明がキラキラとその美しさを際立たせている。
「うわぁ……」
ユリアは見たこともないそのきらびやかなケーキたちに圧倒される。
「どれ食べたい?」
シアンはニコニコしながら聞いてくる。
「私はどれでも……。それよりジェイドが……」
うつむくユリア。
するとシアンは、うんうんとうなずき、
「おねぇさん、ここからここまで全部一つずつちょうだい!」
と、大人買いをする。
そして、大きなケーキの箱を受け取ると人目もはばからず、そのまま田町のオフィスへと跳んだ。
◇
オフィスでは誠たちが歓談している。
「ただいまー!」
シアンが元気にケーキを掲げながら割り込んでいく。
「あれ? ケーキ……? なんかあった?」
誠が怪訝そうな顔でシアンを見て、その後ろのユリアに気がついた。
「あれ?」
「こ、こんにちは」
ユリアは急いで頭を下げる。
「じゃーん! 大聖女ちゃんです! この娘凄いんだよ。隕石跳ね返したの」
シアンはうれしそうにアピールした。
「へっ!?」
予想外の展開に驚く誠。
「なので、あの星、この娘に任せるっていうのはどうかな?」
ニコニコしながらシアンは言った。
「うーん、そうなったか……」
誠は腕を組んで考え込む。
「まぁ、ケーキでも食べながらちょっと話聞いてあげて」
シアンはそう言うと、ケーキを次々とテーブルの上に並べていった。
◇
みんながケーキを食べるなか、ユリアはうつむきながら今までの事をとつとつと語る。
追放され、ドラゴンに助けられ、魔物と化した公爵に襲われ、戦乱の世に堕ち、最後にジェイドが身を挺して隕石を防いだことを涙まじりに説明した。
「無罪!」
うなずきながら聞いていた誠は、そう言って涙をぬぐった。
パーン!
ヴィーナはティッシュペーパーの箱で誠の頭をはたき、
「何が『無罪』よ! お気楽な事言ってないで真面目に考えなさいよ。テロリストに汚染された星なんてどうすんのよ!」
と、にらんだ。
「痛いなぁ、何すんだよ……」
誠は頭をさすりながらそう言って、首をひねると、
「その……追放前の時間に巻き戻したらいいんじゃない?」
と、ニコっと笑って提案する。
「時間を巻き戻す!?」
ユリアは驚いた。一体この人は何を言っているのだろう? もしそんな事ができるなら、自分が追放されることも防げるし、誰も死なないのだ。でも、そんな事本当にできるのだろうか?
「あ、いいんじゃない? 悪さをする人たちが分かってるんだから対策もできるしね」
シアンはニコニコしながらそう言った。
「巻き戻したってテロリストの仕掛けはゼロにはならないわよ?」
ヴィーナは渋い顔をする。
「まぁ、テロリストが湧いたらユリアさんに退治してもらうってことで」
誠はケーキを口に運びながら気楽に言った。
「ちょ、ちょっと待ってください! 私ですか?」
いきなりの提案に青ざめるユリア。
「隕石跳ね返したんでしょ? 才能あるよ」
シアンもクリームを口の周りに付けながらうれしそうに言う。
「テロリストって、あの緑になった公爵みたいな攻撃が効かない人たちですよね? 無理です! 無理無理!」
ユリアは目をつぶって首をブンブンと振った。
「大丈夫、君も攻撃効かなくするから」
シアンは口の周りのクリームをペロリとなめながら言う。
「私あんな緑になりたくない!」
思わず叫ぶユリア。
「普通……、緑になんてならないわよ? その公爵なんなの?」
ヴィーナは首をかしげる。
「え……?」
「ユリアさんがやってくれないとなると、星は消さざるを得ないよ?」
誠は淡々と追い込む。
「そ、それは……、困ります……」
うつむくユリア。
「いざとなったら僕や仲間が手伝うから安心して!」
シアンはニコニコしながらユリアの背中をパンパンと叩いた。
3-6. オフィス崩壊
ユリアは泣きべそをかいてうつむいたが、よく考えてみると、悲劇の起こらない別の未来を切り開くこと、それは大聖女として天命のようにも思えてきた。
とは言え、神の力を得たとしても得体の知れない異形の敵と戦うことは恐怖でしかない……。
目をつぶり、しばらく考え込むユリア。
しかし、星を消すという選択肢など選べない。答えなど最初から一つしかないのだ。
ユリアは大きく息をつき、意を決すると顔を上げて絞り出すように声を出す。
「わ、わかり……ました。やります……」
ユリアは星に息づく数多の人々のことを想い、過酷な運命を受け入れる覚悟を決めた。
「じゃあ、ユリアさん、シアンの研修を受けて管理者のスキルを身につけてね。準備できたら時間巻き戻すから」
誠はにこやかに言う。
「は、はい……。で、でも……ジェイドは……」
ユリアは頬を赤らめながら口ごもった。
「はいはい、今すぐ会いたいのね?」
ヴィーナが優しい目をしてそう言うと、ユリアは目に涙をにじませながら恥ずかしそうにうなずいた。
「じゃあ、イケメン君、カモーン!」
ヴィーナはおどけた感じで手を上げる。
「待って待って!」
と、誠は叫んだが間に合わず、ボン! と爆発が起こってオフィスの屋根や柱が吹き飛んだ。
「うわぁ!」「キャ――――!」
落ちてくる天井やがれきの中、悲鳴が上がる。
ドラゴン形態のジェイドが召喚されてしまったのだ。砂ぼこりが巻き上がり、机や本棚などオフィス家具はぐちゃぐちゃに潰されてしまった。
「もう! 二度とドラゴン呼んじゃダメって話したじゃん!」
誠は砂ぼこりの舞う中で、頭を抱えながら怒る。
「あれ――――? 今回は人間形態を選んだはず……よ?」
ヴィーナは『やっちゃった』という感じでうなだれる。
「ジェイド――――!」
戸惑ってキョロキョロしてるドラゴンの足に、ユリアは飛びついた。
ジェイドはそれを見ると、ユリアを愛おしそうに見つめる。
そして、ボン! と、音を立てて人化し、ユリアをハグした。
「ジェイド――――! うわぁぁぁん!」
ユリアはしばらくおいおいと泣き続ける。
そんなユリアをジェイドは愛おしげに抱きしめ、頬を寄せる。
誠はそんなラブラブな二人を見ながら、ヴィーナに言った。
「騒ぎになる前に早く直して」
「ハ――――イ」
ヴィーナは空中に黒い画面を広げると、何かを表示させ、渋い顔でパシパシと画面を叩いた。そしてしばらく画面をにらんでいたが、やがてウンザリとした様子で宙をあおぐ。そして、iPhoneを取り出し、どこかに電話をかけた。
「ねぇねぇ、美味しいケーキがあるんだけど、田町に来ない? うん……うん……。待ってるわよ、すぐにね!」
そしてニヤリと笑った。
◇
「はーい、こんにちはぁ……、へっ!?」
ドアを開けて入ってきた金髪おかっぱの中学生のような女の子は、がれきの山と化したオフィスを見て固まる。
「レヴィアちゃん、待ってたわよぉ」
ヴィーナはうれしそうに近づくと、手を引っ張って会議テーブルの所に座らせて、目の前にケーキを置いた。
レヴィアは辺りを見回してジェイドを見つけると、
「もしかして……、またドラゴン……召喚したんですか?」
レヴィアは少しあきれた様子で聞く。
「レヴィアちゃん、綺麗に直してたじゃない? これもお願い!」
ヴィーナは手を合わせて頼む。
「ヴィーナ様だってできるじゃないですか!」
「このオフィス以外なら一瞬で直せるんだけど、ここ、面倒なのよね……」
わがままな事を平気で言うヴィーナ。
「分かりました。一つ貸しですからね!」
レヴィアはジト目でそう言うと、空中に黒い画面を広げ、パシパシと画面を叩いていく。
「頼りになるわぁ」
ヴィーナはニヤッと笑った。
◇
「お礼に焼き肉でもおごるわ」
ヴィーナは綺麗に直ったオフィスを眺めながらニコニコして言った。
「やたっ! 美味しいのでお願いしますよ」
レヴィアは満面に笑みを浮かべる。
「あなた達も行くかしら?」
ヴィーナはユリアたちを誘う。
女神様直々のお誘いを断るわけにもいかない。ユリアはジェイドと顔を見合わせると、
「お、お願いします……」
と、頭を下げた。
3-7. 世界の本質
西麻布の焼肉店にやってきた一行は、シックな赤と黒のインテリアに彩られた個室へと通される。間接照明が質感の高い紅の壁面を照らし、高級感を演出していた。
「うわぁ……、すごい……」
ユリアは思わず声を出してしまう。
「ふふっ、今日はたくさん食べてね」
ヴィーナはニッコリと笑った。
「はい、早く座って! 食べるぞ~!」
レヴィアは浮かれて叫ぶ。
店員がやってくると、レヴィアは怒涛の注文を始めた。
「青りんごサワーを二つと、大ジョッキ十杯な」
「えっ!? 十杯……ですか?」
「いいから十杯な。それから霜降り大トロカルビ二十人前、極上ロース二十人前、それから極上タン塩十人前……」
ユリアはその異常な注文数に圧倒され、
「彼女、まだ子供ですよね? そんなに食べるんですか?」
と、小声でヴィーナに聞いた。
「はははっ、レヴィアはもう二千年くらい生きてるドラゴンなのよ」
と、小声で返しながらうれしそうに笑う。
「ド、ドラゴン!?」
ユリアは目を丸くして驚き、レヴィアを見た。
「なんじゃ、お主の彼氏だってドラゴンじゃろうが」
レヴィアはそう言ってジト目でユリアを見る。
「いや、まぁ、そうなんですが……」
◇
歓談しているとドリンクが大量に運ばれてくる。
レヴィアは傍らにジョッキをたくさん並べ、
「さぁ、飲むぞ! カンパーイ!」
と、陽気に音頭をとった。
「カンパーイ!」「カンパーイ」「かんぱーい」
レヴィアは一気に大ジョッキを飲み干すと、
「プハー! 生き返るのう!」
と、上機嫌に言って、新しいジョッキを手に取る。
ユリアがその飲みっぷりに圧倒されていると、レヴィアが言った。
「うちの星の若いのもな、ドラゴンの女の子と結婚したんじゃ」
「け、結婚ですか!?」
「そうじゃ、今じゃ子供もおる」
そう言ってまたジョッキを飲み干した。
「こ、子供……ですか?」
「ドラゴン相手でも子供はできるらしいぞ?」
レヴィアがニヤッと笑ってそう言うと、ユリアは真っ赤になってうつむく。
「あらあら、うぶなのねぇ」
ヴィーナはニヤニヤしながらうれしそうにユリアを眺めた。
「お肉お持ちしましたー」
店員が肉を満載した大皿をいくつも持って入ってくる。
「おー、キタキタ!」
レヴィアはうれしそうに皿を受け取ると、二十人前の霜降り大トロカルビをそのままロースターに全部ぶち込んだ。
「えっ!?」
店員は思わず声を出す。
「大丈夫じゃ、もう二十人前追加じゃ!」
レヴィアはそう言って空いた皿を店員に返した。
レヴィアはロースター上で山盛りになった肉を適当に動かすと、箸でガッとまだ生の肉を何枚もつかみ、そのままパクッとほお張ると、ゴクッと丸呑みする。
「クハー! 美味いのう!」
そう言うとジョッキを一気飲みして、
「プハー! 最高じゃ!」
と、上機嫌に叫んだ。
するとジェイドも真似してガッと箸で肉をつかむと丸呑みし、
「おぉ、これは素晴らしい物ですね」
と、言って目を輝かせる。
「そうじゃろう、肉はやはり日本の霜降りに限るわい。カンパーイ!」
そう言ってレヴィアはジェイドのグラスにジョッキをぶつけ、また一気飲みした。
ヴィーナはそんな二人の様子に眉をひそめ、
「私たちは焼いて食べるから、この肉触らないで」
そう言ってロースターの一角に肉を並べた。そして、
「ドラゴンを肉食にしたのは失敗だったわ……」
そう言ってため息をつく。
「えっ!? ヴィーナ様がドラゴンを作ったんですか?」
ユリアは驚いて聞く。
「昔ね、ファンタジーオタクな管理者がいて、勝手に作ってたのよ。で、それを黙認しちゃったの。食生活は人間と同じでって言っとけばよかったわ」
ヴィーナは渋い顔で肉を裏返しながら言った。
「我は肉食でハッピーですよ。肉だけ食べて生きていけるなんて最高!」
レヴィアはうれしそうに生肉をガッとつかんで上機嫌に言う。
ユリアは圧倒されながらつぶやく。
「ドラゴンなんて作れるんですね……」
「そりゃぁ何だって作れるわよ。あなただって管理者になればいろんな生き物作れるわよ。……。あ、これ、すごく美味しい!」
ヴィーナは肉を上品に食べながら言う。
「生き物を作る……。なんでそんなことできるんですか?」
ユリアは首をかしげながら聞いた。
「ふふっ、あなたはこの世界は何でできてると思う?」
ヴィーナはニヤッと笑いながら聞く。
「えっ? この世界……、ですか? うーん、生き物と物の集まり……、ですか?」
「情報よ。この世界は情報で出来てるの」
ヴィーナはそう答えるとジョッキをグッとあおった。
3-8. 海王星の衝撃
「じょ、情報……ですか?」
困惑するユリアに、ヴィーナはナムルの小鉢を持ち上げて、
「この物体は、『小鉢の形の陶器』という情報と全く同じなのよ」
「はぁ……」
「言葉って情報でしょ? つまり、言葉で言い表せるものは全て情報と等価なのよ」
「この世界の物はすべて言葉で言い表せるから、全部情報ってこと……ですか?」
「そう、正確にはこの世界は十七種類の素粒子と一つの数式でできてるんだけど、それらは全部データとして表現できる。つまりデータと等価、情報と等価なのよ」
「情報と等価……ですか……」
ピンとこないユリアを見て、ヴィーナは小鉢を箸でコンと叩いた。
すると小鉢はワイヤーフレームになり、透明でスカスカな針金細工状になる。そして、それをユリアに渡した。
「へっ!?」
ユリアは針金細工でできた小鉢と中のナムルを見て言葉を失う。手触りはひんやりとした陶器だが、透明だし、中のナムルをつまむとワイヤーフレームは刻々と変わりながら変形していく。
「食べてごらん」
ヴィーナはニヤッとして言う。
「た、食べられるんですか?」
「だって、それ、普通のナムルよ」
ユリアは恐る恐る口に入れるとゴマ油の効いたモヤシの味がする。それは食感も普通の食べ物だった。
「この世界が情報で出来てるって意味が分かったかしら?」
ヴィーナはニコニコする。
「この世界は……、ハリボテって……ことですか?」
ユリアは困惑する。
するとヴィーナは肉を貪ってるレヴィアの背中をパン! と、叩いてワイヤーフレームにした。金髪おかっぱ娘は透明となり、ただ、細く白い線が彼女の輪郭を丁寧に表示し続ける。
最初レヴィアはそれに気づかず、肉を貪る。すると肉は丸呑みされて胃の方へと流れて消えていった。
その面妖な情景にユリアは固まる。
「別にハリボテじゃないわよ。中身詰まってるから」
ヴィーナはうれしそうに言った。
「何がハリボテ……、はっ!? 何するんですか! エッチ!」
レヴィアは自分が透け透けになっていることに気がついて怒る。
「はははっ、ゴメンゴメン。でも、透明だと迫力無いわね」
「もぅ! 早く戻してくださいよ!」
「追加のお肉お持ちし……ま……、えっ?」
揉めてると店員が入ってきて固まる。
透明のワイヤーフレーム人間が隣の女性につかみかかっているのだ。それはお化けとか幽霊とかそう言う類に見える。
ヴィーナは固まってる店員から肉の皿を受け取ると、パチンと指を鳴らし、
「ありがと。あなたは何も見てないわ」
そう言ってニコッと笑う。
「はい、何も見ていません……」
店員はぼーっとした表情でそのままゆっくりと出ていった。
「世界が情報で出来てるというのは分かりました。でも、情報であることと操作できることは別の話……ですよね?」
ユリアは真剣な目で聞く。
「あら、すごいわね。そうよ。オリジナルな宇宙では操作なんてできないわ」
「え!? では、ここはオリジナルでは……ない?」
「まぁ、見た方が早いわね」
ヴィーナはそう言うと、右手を高く掲げる。
直後、四人は真っ暗な宇宙空間に放り出された。
「うわぁ!」
無重力の中で慌てるユリアは、ジェイドの腕にガシッとしがみつく。
そこは満天の星々の広がる宇宙空間、そして、足元を見て驚いた。そこには紺碧の鮮やかな青色を放つ巨大な惑星が浮かんでいたのだ。
「へっ!?」
真っ暗な宇宙空間に浮かぶ、壮麗な青……。それは、神々しさすら覚える澄み通った穢れなき美しい輝きだった。
ユリアが魅せられているとヴィーナが言った。
「あれが海王星。あなたの星や私たちの星、『地球』って呼んでるんだけど、地球の実体はあそこにあるわ」
「実体……?」
ユリアは何を言われているのか分からず眉をひそめる。
「行ってみましょ!」
そう言うと、四人を囲んでいた透明なシールドごと、ものすごい勢いで加速させる。
「うわぁ!」
ユリアは体制を崩して思わずジェイドに抱き着き、ジェイドはうまくユリアをホールドするとニコッと笑った。
3-9. 六十万年の営み
少しずつ大きくなっていく海王星。
よく見ると表面には筋模様が流れ、ところどころ暗い闇が浮かび、生きた星であることを感じさせる。
目を上げれば、十万キロにおよぶ壮大な美しい楕円を描く薄い環が海王星をぐるっと囲み、その向こうを濃い天の川が流れている。
ユリアはその雄大な大宇宙の造形に圧倒され、思わずため息をついた。
どんどん海王星へと降りて行く一行――――。
「さぁ、大気圏突入よ! 衝撃に備えて!」
ヴィーナは楽しそうにそう言うと、何重かに張ってあるシールドの先端が赤く発光し、コォ――――っと音がし始めた。
やがてその光はどんどんと輝きを増し、直視できないくらいにまばゆくなっていく。
「こ、これ、大丈夫なんですか?」
ユリアは顔を手で覆いながら聞く。
「失敗したらやり直すから大丈夫」
ヴィーナはこともなげに答える。
「や、やり直す……?」
ユリアが言葉の意味をとらえきれずにいると、レヴィアは、
「時間を巻き戻してもう一回やるってことじゃ。女神様を常識で考えちゃイカン」
と言って、ポンポンとユリアの肩を叩き、ユリアは絶句する。
やがて発光も収まり、一行は雲を抜け、いよいよ海王星へと入って行く。
目の前に広がる真っ青な星の表面はところどころ台風の様に渦を巻いており、まるで荒れた冬の海を思い起こさせる。
「こんなところに私たちの星があるんですか?」
ユリアは怪訝そうに聞く。
「そうよこの星の中に地球は一万個ほどあるのよ」
「一万個!?」
ユリアはその途方もない話に唖然とする。
この荒れた海の様な世界に、自分たちの星を含め、一万個もの星があって無数の人が息づいているというのだ。
ユリアはジェイドの手をギュッと握り、ジェイドを見る。
するとジェイドは温かいまなざしで優しく微笑んでうなずいた。
海王星はガスの惑星、地面はない。一行は嵐の中、青に染まる世界をどんどんと下へと潜っていく。
徐々に暗くなり、下は恐ろしげな漆黒の世界となっていくので、ユリアは思わずジェイドの腕にしがみついた。
真っ暗な中を進むと、やがてチラチラと遠くの方に明かりが見えてくる。何だろうと思っていると、それは巨大な構造体の継ぎ目から漏れる明かりだった。
「えっ!?」
人の気配すらない壮大な惑星の中にいきなり現れた、無骨な巨大構造物。その異様さにユリアは圧倒される。
それは広大な王宮が何個も入りそうな壮大な直方体で、上部からはまるで工場の様に煙を噴き出していた。さらに近づくと、漏れ出る明かりに照らされて、吹雪の様に白い物が舞っている様子が浮かび上がる。
そして、その構造物はよく見ると向こう側にいくつも連なっていて、まるで吹雪の中を進む巨大な貨物列車の様に見えた。
「これが地球の実体『ジグラート』よ」
ヴィーナは淡々と説明する。
「な、なんで、こんな所に?」
「ここはね、氷点下二百度。太陽系で一番寒い所だからよ。コンピューターシステムは熱が敵だから……。あ、あなたの地球はこれね」
そう言って、奥から迫ってくる次のジグラートを指さし、近づいて行く。
ジグラートは高さが七十階建てのビルくらいで、その高さの壁が延々と一キロメートルくらい向こうまで伸びている。その巨大さにユリアは圧倒され、言葉を失う。
漆黒の壁面パネルは不規則にパズル状に組み合わされており、そのつなぎ目から青白い灯りが漏れ、その幾何学模様の造形は前衛的なアートにすら見えた。
これが自分が生まれ育ってきた星……という事らしい。壮大なオンテークとその森や美しい南の島の海、泳ぎ回る魚たち、そして、王都とそこに住む十万人の人たち、それらがすべてこの構造体の中に息づいているという。それはあまりに飛躍しすぎていてユリアはうまく理解できなかった。
「これ作るのに、どれくらい時間かかったと思う?」
ヴィーナはニヤッと笑ってユリアに聞いた。
「え? これ……ですか……? うーん、千年……? いや二千年とかですか?」
「六十万年よ」
そう言ってヴィーナは肩をすくめた。
3-10. 本当の私
「ろ、ろ、六十万年!?」
予想だにしなかった答えにユリアは唖然とする。
「ヴィーナさんが……つくられたんですか?」
ユリアは恐る恐る聞いてみる。
するとヴィーナは首を振る。
「海王星人が作ったんじゃ」
横からレヴィアが答えた。
「海王星人? どなた……ですか?」
「今はもうおらんな」
レヴィアは肩をすくめる。
「えっ!? こんなすごい物を作ったのにいなくなっちゃったんですか?」
「人間は六十万年なんて生きられんのじゃ」
「子孫が生まれていくじゃないですか」
「産まなくなっちゃうんじゃ」
「へ? そ、そんなことって……」
「不思議じゃろ?」
レヴィアは含みのある笑みを浮かべる。
「では皆さんはどういった経緯で……地球に関わられているんですか?」
ヴィーナとレヴィアは顔を見合わせ、少し困った顔をする。
「そのー、あれだ。この宇宙に人間が現れたのは五十六億七千年前のことじゃ」
「すごい……、古い話ですね?」
「で、この宇宙がこういう形になったのは誠さんが決めたんじゃ」
「誠さん? さっきの男性の方……、では彼は五十六億年生きてるってこと……ですか?」
「誠はまだ三十代よ」
ヴィーナは呆れたように言う。
「えっ、えっ?」
「ちなみにこの海王星作ったのは私だけど、まだ二十代よ」
ヴィーナはニヤッと笑ってウインクした。
「そのぉ……、時間がおかしいんですが……」
ユリアは困惑する。
「ヴィーナ様が若いのは代替わりなだけじゃが、誠様のは宇宙の法則の話じゃ。宇宙は無数の可能性の集積で作られておる。そして、宇宙は時の流れに従う訳でもないんじゃ」
「え? 時間の流れが変わったりするんですか?」
「そもそも時間が過去から未来へと流れていると感じてるのは人間だけなんじゃ。物理的には過去も未来もただの方向の違いに過ぎん。宇宙にとっては過去も未来も同じってことじゃな」
「そ、そんな……。では、未来が過去を変える事もあるってことですか?」
「変える事はない。ただ、未確定のところが確定されるってことじゃな……」
「未確定?」
「量子力学の世界では状態が確定していない方が普通なんじゃよ」
「量子……力学……???」
ユリアはパンクしてしまった。
「はいはい、そのくらいにして、着いたわよ」
ヴィーナはそう言うと、シールドを出入り口のハッチに横付けした。
◇
ジグラートの中に入ると、まるで満天の星々の様に無数の青い光がチカチカとまたたいていた。
「うわぁ……」
ユリアが見とれていると、ヴィーナが照明をつける。
すると、そこには小屋くらいのサイズの円筒形の金属がずらりと並んでいた。床の金属の網目を通して、上の方にも下の方にも延々と並んでいるのが見える。
「これがあなたの星の実体よ」
ヴィーナはドヤ顔で言う。
しかし、ユリアにはこれらの無数の円筒が何を意味するのかピンとこない。
「ついてきて」
ヴィーナはそう言うと脇の階段をカンカンと音を立てながら登り始めた。
そして、上の階をしばらく歩き、ある円筒を指さして止まる。
「これがあなたよ」
ユリアは何を言われてるのか分からなかった。なぜ、金属の塊が自分なのだろう?
「みてごらんなさい」
そう言うと、ヴィーナは円筒に挿さっていた畳サイズのブレードを少し引き抜く。円筒はこのブレードの集合体だったのだ。
ブレードは精緻なガラス細工の集合体で、無数の細かな光がチラチラ瞬いてまるで芸術品のような美しさを見せていた。
「これは何……へっ!?」
ユリアが質問すると、そのチラチラとした瞬きが言葉に合わせて規則的な波紋を描く。
「これは光量子コンピューター。この光の波紋があなたよ」
「えっ!? ちょっと! えっ!?」
ユリアは混乱した。自分の声や動作に合わせて光の波紋がキラキラと美しく泳動する。確かにそれは自分と密接なものであることは疑いようのない事だった。しかし、自分がこのガラス細工だと言われてしまうとそれはアイデンティティに関わる重大な話である。
「こうやって、あなたの星にあるものは全てここの光コンピューターが創出しているのよ。全体で十五万ヨタ・フロップス。桁外れの計算力よ」
ヴィーナはうれしそうに言った。
「これが……、本当の……、私……」
ユリアはそっとガラス細工に手を伸ばし、そっと触れてみる。ガラスはほんのりと暖かく、チラチラと明滅する明かりが指を照らした。
「あ、ちなみに魂はあっちの別のところで一括管理してるわ」
「そ、そうなんですね……」
ユリアはうつろな目で答える。
3-11. 巻き戻される世界
「ここのデータを今度昔の物に全部入れ替えるわ。そこからがあなたの出番よ」
ヴィーナはニコッと笑って言う。
この膨大なコンピューターのデータを全部昔のデータに換装するというのだ。
「え……? あ、それをすると昔に戻るってことですか? 時間を巻き戻すわけではないんですね」
「時間は巻き戻せないわ。でも、この星の人たちにとっては巻き戻したのと同じ効果があるのよね」
「なるほど……、そうかも……しれません」
ユリアは理屈では分かるものの何だか釈然としない思いが残った。
追放も裏切りも優しさも全て無かったことにされる。自分たちが必死に生きた時間がただのデータとして処理され、昔のデータに書き換えられる。その軽さがモヤモヤとなってユリアにまとわりついた。
とは言え、亡くなった人もそれで生き返るのなら、そっちの方がいいのは明白ではあるのだが。
ここまで考えて、ユリアはふと違和感に包まれる。データを入れ替えて亡くなった人が生き返るのなら命とは何なのだろう? 死んでしまった人が生きていた昔の続きを生きるとして、それは同じ人と言えるのだろうか?
しかし、それは哲学的で答えは出なかった。
ユリアは周りを見回してみた。何百枚ものブレードが挿さった円筒が、はるか彼方向こうまで延々と並んでいる。なるほど、これが自分たちの星なのだ。そして、これで過去に戻っていく……。
ユリアは期待と不安の混ざった心持ちで、円筒でチカチカと明滅するランプの群れをボーっと眺めていた。
◇
焼肉屋に戻ってきた一行は、しばらく歓談したのちに解散となった。
「今晩はこのホテル使って」
ヴィーナはそう言うとカードキーをユリアに渡す。
「ドラゴン、あなた行き方わかるわね?」
「はい、前回もここ泊まりました」
「よろしい。それでは明日十時にオフィス集合ね。熱い夜を楽しんでね! チャオ!」
ヴィーナはウインクしながら上機嫌に消えていった。
◇
しばらく二人は手を繋いで東京の街を歩く。
道にはレクサスにテスラにベンツ、そしてタクシー、トラックがひっきりなしに走り、その道の上空には首都高速が通っている。王都の石畳の道をのどかに走る馬車しか見たことのないユリアにはまるで夢の世界だった。
そして、道の脇にはきらびやかな飲食店にコンビニ、そして夜のお店……。ユリアは思わずため息をつき、ただ圧倒されていた。
すると、超高層ビルを指さしてジェイドが言った。
「あそこだよ」
ユリアはビルの間に見えてきたひときわ高いビルに目を奪われる。
「えっ!? あれがホテル?」
全面ガラス張りのそのビルは上品な照明が窓からのぞき、流れるようなラインを夜空に向かって描き、その威容を誇っていた。
「部屋番号は5001、あのビルの五十階だ」
「五十階!?」
ユリアはビルを見上げ、自分がそんな所に本当に泊まれるのか心配になった。
ジェイドはそんなユリアをそっと引き寄せると、
「素敵な部屋だから大丈夫だよ」
と耳元でささやく。
ユリアはゆっくりとうなずいた。
◇
部屋のドアを開けると、そこはスイートルーム。豪奢なインテリアで彩られ、リビングのテーブルにはフルーツの盛り合わせが飾ってあった。
そして、大きな窓の外には東京の夜景がどこまでも広がっている。
ユリアは窓に駆け寄り、
「うわぁ……」
と、圧倒されながら煌びやかな高層ビル群や首都高を走る車の群れを眺めた。
ジェイドもそっと寄り添って一緒に夜景を眺める。
「ねぇ……、ジェイド?」
「どうした?」
「さっきの話、本当なのかな?」
ユリアは首をかしげながら言う。
「女神様は嘘などつかない。ここから見える景色もまたジグラートの中で作られたものだ」
「ここに住んでいる人は知ってるの?」
「知らない。でも、たまに気がついちゃう人がいて、いたずらを仕掛けてくるらしいよ。お金儲けに使ったりね」
「いたずら……。ふぅ、私なんて、ジグラートを見せられたって信じられないのに」
ユリアは眉をひそめてジェイドを見る。
ジェイドはそっとユリアの髪をなでて言った。
「何はともあれ、二人とも無事でよかった」
ユリアはニコッと笑って、
「本当によかった……」
と言うと、ジェイドをハグし、ジェイドの精悍な男の匂いを吸い込む。
温かな安心感に満たされ、ユリアは幸せそうな笑顔を浮かべる。
「ジェイド……。もうダメかと思っちゃった……」
「心配かけたね、ありがとう」
ジェイドはユリアの背に手をまわし、髪に頬よせて言った。
3-12. 一回だけ
「あのね……」
「なに?」
「私もう、ジェイドがいないとダメみたい」
ユリアはか細い声を出した。
「……」
ジェイドは無言で動かなくなる。
「め、迷惑……、かな?」
ユリアはジェイドの反応に不安を覚え、慌てて言う。
「迷惑なんかじゃない。ありがとう……」
ジェイドは堅い調子で答える。
「な、何か……あった?」
ジェイドは大きく息をつき、しばらく何かを考え、口を開いた。
「……。我はドラゴン。天与の異能で偉そうに生きてきたが……、それは単に神様が設定してくれた力に過ぎない。要は配られたカードが良かっただけだ」
「えっ?」
ユリアは意外な言葉に驚く。
「人に大切なものが心だとするなら、我には自信がない。損得勘定せず、ひたすらに人々の事を願って動くユリアが輝いて見える。それに……、研修が終わればユリアは神の力を得る。もはや神様……。そんなユリアの隣に立つ自信が……ない」
ジェイドはそう言ってうつむく。
ユリアは少し離れ、ジェイドをじっと見つめて言った。
「何言ってるの? 神の力を得たって私は私よ。私はジェイドにどれだけ救われたか。ドラゴンの力に惹かれてる訳じゃないのよ?」
ジェイドは顔を上げ、弱った顔でユリアを見つめる。
「私を大切にしてくれる気配り、力におぼれない節度、誰にでもできる事じゃないわ。もしあなたがドラゴンじゃなくても、一緒にいたいの……。もっと胸を張って」
ユリアはそう言って真剣な目でジェイドを見つめた。
ジェイドは目をつぶり、大きく息をつく。そして、
「ありがとう……」
と言うと、ニコッと笑って優しくユリアの髪をなでた。
見つめ合う二人。
ジェイドの瞳に映るキラキラとした東京の夜景を見つめ……、ユリアは思わず吸い寄せられるように、背伸びをしてジェイドの口を吸った。
少し驚いたジェイドだったが、チロチロと動くユリアの舌を自分の舌で絡める。
二人は思いを確かめ合うように激しくお互いを求めた。
やがて離れると、ジェイドはユリアをお姫様抱っこをする。
「きゃぁ!」
少し驚いたユリアだったが、ジェイドの赤い炎の揺らめく瞳を見つめ……、そっとうなずいた。
ダブルベッドの上に優しく横たえられたユリアは、ワンピースの胸のひもを緩める。
そしてトロンとした目で、ジェイドに両手を伸ばす。
「来て……」
ジェイドは少し躊躇するそぶりを見せたが、ニコッと笑うとユリアの上に覆いかぶさった。そして見つめ合うと、またくちびるを重ねる。
そして、キスをしたままジェイドはユリアのしっとりと柔らかい白い肌に指をはわせた。
あっ……。
思わず漏れる吐息。
ジェイドはさらにユリアのデリケートな所へと指を伸ばした。
部屋にはユリアの可愛い声が響く。
やがてユリアは頬を紅潮させ、ジェイドの耳元で
「お願い……」
と、囁いた。
ジェイドはうなずき、優しくユリアの服を脱がすと重なっていく……。
お互いの危機を助け合い、一緒に冒険し、ジェイドの死を乗り越えて今、二人はここにいる。思い出を重ねてきた二人は東京の新たなステージでついに一つに結ばれる。
その晩、二人は何度も何度も激しくお互いを求めあい、東京の夜は更けていった。
◇
翌朝、香ばしいコーヒーの香りが漂ってきてユリアは目が覚めた。
見ると、バスローブ姿のジェイドがコーヒーを入れている。
ユリアは心の底から湧いてくる温かいものに包まれながら、ジェイドの姿を眺めていた。
とめどなくあふれてくる幸福感に、あまりに嬉しすぎてつい涙をこぼす。
こんなに幸せでいいのだろうか?
ユリアは仰向けになって思わず目頭を押さえた。
絶望を超えてたどり着いた大都会東京。そこに輝ける未来があった。それはまるでおとぎ話のようでもあり、またある意味神話と言えるかもしれない。
「おはよう、お姫様」
気がつくとジェイドがベッドサイドでほほ笑んでいた。
「お、おはよう……」
ユリアは昨晩を思い出し、真っ赤になって毛布で顔を隠す。
ジェイドはそんなユリアを優しく見つめ、額に軽くキスをする。
するとユリアはジェイドに抱き着き、唇を求めた。コーヒーの香ばしい匂いが口の中に広がる。
二人は昨晩を思い出しながら舌を絡めていく……。
「ダメだ、また欲しくなっちゃう」
ジェイドがそう言うと、
「ダメ……なの?」
と、トロンとした目でユリアが聞く。
「じゃ、じゃぁ……一回だけ……」
「一回だけ?」
ユリアは激しく舌を絡めた。