初恋の沼に沈んだ元婚約者が私に会う為に浮上してきました
少女の耳元に唇を寄せて婚約者が言った。


『皇弟殿下は、去年成年して、すぐに、ご結婚、されたよ』

一言一言区切るように伝える王太子の声はいつからこんなに低くなったのだろうか?
彼が大人になりかけた年齢になって、声の高さが変わったことを少女は知らなかった。
婚約者の事など深く考えた事もなかった。

だから意識は婚約者が話した内容の方に行った。
動揺したのが表情に出ていたのか、王太子は薄く嗤った。


『皇弟妃殿下も今回ご一緒するご予定だったが、御子様が出来たとわかったので、来られなく
なった』

あのひとの赤ちゃん。
震えが来て、少女は両手を強く握り締めた。


『以前いらした時に皇弟殿下から教えて貰ったよ
初恋のひとと婚約出来そうだと嬉しそうだった
 5歳年上のとても素敵な方で、元々は皇太子妃候補だったが、皇弟殿下が口説き落として辞退させたらしい』

情熱的な御方だよねと、王太子は話し終えて、
少女の側を離れた。


王太子とは長らくふたりきりで話したことはなかったのに、
わざわざそれを少女に教えに来たのは何故なのか。

皇弟殿下から与えられた幸せな気持ちが萎んでしまい、離れていく王太子の背中を睨んだ。



兄である皇帝陛下のお妃候補だった女性を、
あのひとは横からさらったのだ。

愛があればその行為が許されるのだと、
あのひとは考えている。

人のモノを奪っても、
あのひとに軽蔑はされない。


その思いは少女の心の奥に仕舞われた。


帝国へ旅立つ前までは。
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