初恋の沼に沈んだ元婚約者が私に会う為に浮上してきました
自分で自分が。
男に何を話しているのかわからない。
言葉を発しているのか、ただ獣の様に唸っているだけなのか。
ただ頭の中をぐるぐると、あの日の情景がフラッシュバックしていく。

まるで昨日の事みたいに、クリスティンの言葉を覚えているのは何でなんだ?
俺はあの女から投げつけられた一言一言を忘れてなかったのか?


『お前』そう言って、あの女は蔑むような目で
俺を見た。


……そうだ、こんな女のせいで、と。
こんな女のせいで俺は全部失ってしまったんだ、と。

身体中の血が沸騰したように、熱くなった。
怒りで瞼の裏が真っ赤になった。

それで、それで、俺はあの女の首を……
 

「その護衛の男が、俺だ」

目の前の男が言った。


 ◇◇◇


「もう一度飲め」

男が俺に水を飲ませた。


「喋り続けて喉が乾いただろう」

気遣ってくれてる様子に俺は殺されないのだと
安堵した。


『こんなに取り留めなく、思い浮かぶまま
 だらだら喋るとは……
 殿下に渡された薬はきつすぎる』

男が向こうを向いて小さな声で呟いたが、俺は
聞き逃さなかった。


皇帝陛下と、クリスティンは何度も俺の前で
口にしていた。
あの御方と呼んだのは、皇弟の事だと思われた。

こいつは今は公爵となった元皇弟の護衛騎士。
という事は、殿下と言ったのは……

今、王国に来ている皇太子の事だ。

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