初恋の沼に沈んだ元婚約者が私に会う為に浮上してきました
「貴方の婚約者の事は何とも思っていないわ
 彼女は皇太子殿下のお気に入りよ
 一時は愛妾だと見なされていたくらいだもの 
 下手に手出し出来ないし、する気もないわ」


シャルが皇太子の愛妾なんかであるはずがない。
一人の男を他の誰かと分け合うくらいなら、自分から身を引くだろう。

(婚約だって、あんなに俺に夢中だったのに
自ら解消したんだからな)


◇◇◇


払う金もないので、帰りの馬車の予約はしていなかった。
時間がかかっても夜道を歩くしかない。


安物の礼服を借り、今はつけなくなったコロンの小瓶を買うと、手元に残った額は僅かだった。

王宮の夜会から歩いて帰る客などいない。
恥ずかしくて、惨めだった。

馬車係が俺に近づいてきた。


「お帰りの馬車を回して参ります
 御名前をいただけますか?」

「連れがまだ中にいる
 馬車は彼女に使って貰う
 私は酔いをさましたいので、歩いて帰るよ」

自然に言えただろうか?
係の男はしつこく俺に尋ねなかった。


「月が美しい夜です、お気をつけて」

夜空を見上げると、男が言った通り月が美しい。

王宮から俺の住む酒場の2階の部屋までは、どれくらい時間がかかるのだろう。


『お月様は願い事を叶えてくれるのよ』
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