初恋の沼に沈んだ元婚約者が私に会う為に浮上してきました
幸運なことに私達はそれほど待たされずに
テーブルに案内されました。
多分、満員だったお客様が一斉に退店された直後だったのでしょう。

私達が案内されたのは観葉植物を背にした隅のテーブルでした。
この席なら他のお客様の耳を気にすることなく会話が出来ます。


「今日はお付き合いしてくれたから」

『奢らせてね』と言ってスカーレットが早速夏限定のレモンタルトとミルクティーを2つずつ注文してくれました。


「僕はタルトはいい、コーヒーだけで」

「貴女の前だから大人ぶっちゃってるの
 家ではコーヒーにミルクたっぷり入れてるのよ」

ギリアンに聞こえるようにスカーレットが私の
耳元で言い、ギリアンをからかいましたが、
『相手にしないよ』と、言いたげに彼は知らん顔をしていました。
スカーレットが無愛想な末っ子を愛している事は一目瞭然でした。


程なくして注文した品が運ばれてきました。
限定のレモンタルトが本当に美味しくて。
美味しくて……

さっきまで世の中の不幸をひとりで背負っているように自分を哀れんでいたけれど。
たった一口の小さな甘さが、私を満たしてくれたのです。
澱んでいた心が晴れていくような気がしました。 


「なーに?
 美味しくて感動のあまり泣きそうになってるの?」

スカーレットが優しく微笑んで私の頬をつついた、その時。


「クリスティン様」

私の背後に置かれた観葉植物の鉢と白い衝立の向こう側からその声は聞こえました。


ノーマン様の声でした。
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