竜帝陛下と私の攻防戦
初対面からずっと素っぴんでいたため、ベルンハルトと出掛けるのに化粧をしてめかしこむのも今更な気もする。
でもこれから外出をするのだからと、奮発して買ったお洒落着へ着替えしっかりと化粧をした佳穂は、クリーニングに出すベルンハルトの着ていた服を持って玄関へ向かった。
「お待たせしました」
膝丈のワンピースに着替えた佳穂を見て、ベルンハルトは眼を瞬かせた。
寝間着のパジャマか部屋着のTシャツ姿だったから、化粧した姿は違和感があるのだろうか。
(うう、見た目は凄く格好いい。私が化粧しても、似合っていないと思われていそうだな)
目算でも、190㎝近いだろう身長の彼には叔父の服は小さくて、紺色の薄物着物を着てもらうことにした。
彼は日本人では無く異世界人なのに、和装がとても似合っていて物凄く格好良い。
こんな気持ちを抱くならば、家で待っていてもらう方がよかったかと、出かける前なのに佳穂は早くも後悔をしていた。
家の外へ出れば当然、周囲からの視線、特に女性からの視線がベルンハルトへ集中してしまい、平凡な容姿の自分が隣を歩くのは精神的につらくなってくる。
俯いた佳穂は、ベルンハルトと付かず離れずの距離をとって歩く。
「ほう、あれが信号とやらか。確かに、往来の激しい道に有れば事故の危険も減り、便利だな。帝都の中心部に設置すれば……魔石を動力源にすれば自動車も造るのは可能か……」
当のベルンハルトは異世界の風景に興味津々らしく、周囲からの熱視線を完全無視していた。
さすが皇帝陛下、注目を浴びるのは慣れていらっしゃるようだ。
徒歩二十分の距離にあるファストファッションブランドの店へ行くのは、夏の強い日差しの中歩くのは大変で早く涼しい店内へ入りたいと、歩く速度を速める。
ふと顔を上げた佳穂は、真ん中に線が引かれた歩道の自転車側を通っていた自転車に乗ったおばさんと目が合う。
目が合った途端、キキーッと急ブレーキをかけて彼女が戻って来てしまい、佳穂は小さく「げっ」と声を出した。
「あっらー佳穂ちゃんじゃないのっ! 隣の外人さんは彼氏かしら?」
自転車から降りて大声で話しかけてきたのは、花柄の派手なエプロンにサンダル、白髪混じりの髪を一纏めに後頭部でお団子にしているふくよかな中年女性。
彼女は、自宅近所にある商店街のお米屋さんの名物おばちゃんである。
幼い頃から祖母に連れられて商店街へ買い物に行っていた佳穂とは顔見知りで、一人暮らしなのを心配してくれる世話好きなおばさんでもあった。
何時もなら、声をかけられたら世間話の一つもしていたけれど、美形の男性が隣にいる今は色々と気まずくて佳穂はひきつった笑みを返した。
「こんにちは、えっと、この人は叔父さんの知り合いで、仕事と観光のために日本へ来ていて。その、叔父さんに頼まれて色々案内しているんです」
あくまで“叔父さんの知り合い”を強調して伝える。
今まで何度か叔父が連れ帰った海外からの客人の案内をしたことがあり、咄嗟にベルンハルトを叔父の客人だと伝えて誤魔化したのだ。
それに、海外からの客人なら着物を着ていても観光で浮かれているんだ、と思ってくれる、はず。
「凄いイケメンねぇ~! 観光なら商店街を案内したらどう? 佳穂ちゃんがイケメン連れてくるって、皆に言っておくからさぁ!」
余計なことをしないでほしいという言葉が、佳穂の喉元まで出かける。
ぴくぴくと痙攣する口元を、必死で動かして笑みの形にした。
「じゃあ、後で行ってみるね。おばさん、ありがとう」
「佳穂ちゃん、カッコイイお兄さん、また後でねー!」
熱中症予防の塩飴を佳穂へ手渡し、おばさんは自転車に乗って颯爽と走り去って行った。
お喋りなおばさんのことだ、隣のお茶屋さんで商店街の人に喋り一時間後には、佳穂とベルンハルトの話は広まっているだろう。
「おばさんはいつもあんな感じで、その、悪気は無いから許してあげてください」
「許す? 特に不快ではないが? フッ、俺が皇帝だと知らぬ世界というものは、中々面白いな」
出会って直ぐは眉間に皺を寄せた苛立った表情が多かったのに、今のベルンハルトの表情は幾分か柔らかい。
(この人もこんな少年みたいな、目を輝かせて笑うことも出来るんだ)
異世界の皇帝陛下の綺麗な顔と魔法を見ても恐怖と威圧感しか抱けなかったのに、自動販売機のボタンを楽しそうに押している彼は少年のようだ。
「ボタンを押せば光が灯されるのか。魔力を使われて無いのに中の物を冷やすとは面白いな。どうなっているのだ? 分解してもいいか?」
目を細めて自販機の裏側を覗く姿を見てしまい、佳穂は初めてベルンハルトという青年に興味という感情を抱いた。
でもこれから外出をするのだからと、奮発して買ったお洒落着へ着替えしっかりと化粧をした佳穂は、クリーニングに出すベルンハルトの着ていた服を持って玄関へ向かった。
「お待たせしました」
膝丈のワンピースに着替えた佳穂を見て、ベルンハルトは眼を瞬かせた。
寝間着のパジャマか部屋着のTシャツ姿だったから、化粧した姿は違和感があるのだろうか。
(うう、見た目は凄く格好いい。私が化粧しても、似合っていないと思われていそうだな)
目算でも、190㎝近いだろう身長の彼には叔父の服は小さくて、紺色の薄物着物を着てもらうことにした。
彼は日本人では無く異世界人なのに、和装がとても似合っていて物凄く格好良い。
こんな気持ちを抱くならば、家で待っていてもらう方がよかったかと、出かける前なのに佳穂は早くも後悔をしていた。
家の外へ出れば当然、周囲からの視線、特に女性からの視線がベルンハルトへ集中してしまい、平凡な容姿の自分が隣を歩くのは精神的につらくなってくる。
俯いた佳穂は、ベルンハルトと付かず離れずの距離をとって歩く。
「ほう、あれが信号とやらか。確かに、往来の激しい道に有れば事故の危険も減り、便利だな。帝都の中心部に設置すれば……魔石を動力源にすれば自動車も造るのは可能か……」
当のベルンハルトは異世界の風景に興味津々らしく、周囲からの熱視線を完全無視していた。
さすが皇帝陛下、注目を浴びるのは慣れていらっしゃるようだ。
徒歩二十分の距離にあるファストファッションブランドの店へ行くのは、夏の強い日差しの中歩くのは大変で早く涼しい店内へ入りたいと、歩く速度を速める。
ふと顔を上げた佳穂は、真ん中に線が引かれた歩道の自転車側を通っていた自転車に乗ったおばさんと目が合う。
目が合った途端、キキーッと急ブレーキをかけて彼女が戻って来てしまい、佳穂は小さく「げっ」と声を出した。
「あっらー佳穂ちゃんじゃないのっ! 隣の外人さんは彼氏かしら?」
自転車から降りて大声で話しかけてきたのは、花柄の派手なエプロンにサンダル、白髪混じりの髪を一纏めに後頭部でお団子にしているふくよかな中年女性。
彼女は、自宅近所にある商店街のお米屋さんの名物おばちゃんである。
幼い頃から祖母に連れられて商店街へ買い物に行っていた佳穂とは顔見知りで、一人暮らしなのを心配してくれる世話好きなおばさんでもあった。
何時もなら、声をかけられたら世間話の一つもしていたけれど、美形の男性が隣にいる今は色々と気まずくて佳穂はひきつった笑みを返した。
「こんにちは、えっと、この人は叔父さんの知り合いで、仕事と観光のために日本へ来ていて。その、叔父さんに頼まれて色々案内しているんです」
あくまで“叔父さんの知り合い”を強調して伝える。
今まで何度か叔父が連れ帰った海外からの客人の案内をしたことがあり、咄嗟にベルンハルトを叔父の客人だと伝えて誤魔化したのだ。
それに、海外からの客人なら着物を着ていても観光で浮かれているんだ、と思ってくれる、はず。
「凄いイケメンねぇ~! 観光なら商店街を案内したらどう? 佳穂ちゃんがイケメン連れてくるって、皆に言っておくからさぁ!」
余計なことをしないでほしいという言葉が、佳穂の喉元まで出かける。
ぴくぴくと痙攣する口元を、必死で動かして笑みの形にした。
「じゃあ、後で行ってみるね。おばさん、ありがとう」
「佳穂ちゃん、カッコイイお兄さん、また後でねー!」
熱中症予防の塩飴を佳穂へ手渡し、おばさんは自転車に乗って颯爽と走り去って行った。
お喋りなおばさんのことだ、隣のお茶屋さんで商店街の人に喋り一時間後には、佳穂とベルンハルトの話は広まっているだろう。
「おばさんはいつもあんな感じで、その、悪気は無いから許してあげてください」
「許す? 特に不快ではないが? フッ、俺が皇帝だと知らぬ世界というものは、中々面白いな」
出会って直ぐは眉間に皺を寄せた苛立った表情が多かったのに、今のベルンハルトの表情は幾分か柔らかい。
(この人もこんな少年みたいな、目を輝かせて笑うことも出来るんだ)
異世界の皇帝陛下の綺麗な顔と魔法を見ても恐怖と威圧感しか抱けなかったのに、自動販売機のボタンを楽しそうに押している彼は少年のようだ。
「ボタンを押せば光が灯されるのか。魔力を使われて無いのに中の物を冷やすとは面白いな。どうなっているのだ? 分解してもいいか?」
目を細めて自販機の裏側を覗く姿を見てしまい、佳穂は初めてベルンハルトという青年に興味という感情を抱いた。