竜帝陛下と私の攻防戦
魔術書の魔力にのまれ異世界へ強制転移させられ、異世界の女と心臓が繋がってから一週間経った。
異世界には魔法が無い分科学という技術、薬学等や経済学等の分野はもとの世界よりも発達しており、目新しい機械や習慣等新たな知識を得るためにベルンハルトは膨大な量の書物を読み漁っていた。
異世界の女と心臓が繋がったおかげでこの世界の書物は問題なく読め、本やテレビで気になった情報はインターネットで調べ、家の近所を散歩して家電量販店へ行き家電製品に触れる。
この世界で過ごす時間は信じられないくらい穏やかで、久しく取っていなかった休暇を纏めて取っている気分になっていた。
居間のソファーへ腰掛けたベルンハルトの指先が、タブレットの液晶画面を滑り目的の動画を検索していく。
治めている帝国へ新たな技術を持ち帰るための情報を検索し、画像や動画を魔石へ記憶させ終わるとタブレットの検索履歴を削除した。
これだけの技術情報があれば、たとえ自分の代で竜王の血が薄れてもトルメニア帝国は世界一の大国へと在り続けるだろう。
腑抜けの先帝が軍備と外交に消極的だったせいで、帝国を軽んじ反旗を翻そうとする態度が見え隠れしている一部属国や、不可侵条約を結んでいるが新王が即位してから緊張状態が続いている魔国が動こうとも、この世界で知り得た科学技術があれば大きな力となる。
異世界転移など、貧弱な女と心臓が繋がるなど面倒なことになったと思っていたが、今ならこれは我がトルメニア帝国の更なる発展のため、神の采配があったのかと思えていた。
学生の身分であり今は夏期休暇中だった佳穂は、夏季集中講義を受けに学校へ行くらしい。
此方の世界の学校はどんなものか気になり、ついて行こうか迷っているうちに鞄を手にした佳穂は慌ただしく玄関へ向かっていった。
「じゃあ、行ってきまーす」
「……行ってらっしゃい」
数日前にはぎこちなかったけれども、今では違和感なく言えるようになったベルンハルトからの「いってらっしゃい」の言葉に佳穂は微笑む。
玄関を閉めた佳穂は走って駅まで向かっているのだろう。彼女の気配は遠ざかっていく。
「行ってきます、か。まったくもって変な女だな」
“行ってきます”
“行ってらっしゃい”
今まで生きてきた中でこの台詞を誰かに言うなど考えられなかった。
誰かを見送るなど、相手が気楽に手を振るのをベルンハルトが片手を上げて返事する場面を側近達が見たら顔面蒼白になるか、無遠慮な宰相なら腹を抱えて笑うだろう。
竜王の血を継ぐ皇帝である自分が平民の女に気を使うなど、本来ならばとんでもないことだ。
居間に一人残されたベルンハルトは息を吐く。
佳穂という女は、最初こそは自分と距離を置いていたようだったが、今ではすっかり共に居ることに慣れたらしい。
恋人や夫以外の男と同居しているのに、危機感が薄いというのは女としてどうかと思うが、自分に対して物怖じしないで接する女はそう多くないため、少しばかり扱いに戸惑う。
皇帝の寵を得ようと擦り寄ってくる者達とは異なり、素直に礼を言われる度に、裏表のない真っすぐな瞳で見つめられる度に、心臓がざわめくような妙な感覚になるのは何故なのか。
浮かんでは消える疑問の答えを出して、理解したくは無かった。
飲み物を取りにソファーから立ち上がり台所へ向かい、開けた冷蔵庫には佳穂がベルンハルトへ作ったオムライスが入っていた。
二日前にテレビ番組でオムライスが映し出され「食べてみたい」と言ったのを覚えていたらしい。
ご丁寧にラップをかけたオムライスの上には、「レンジで温めて食べてください」という付箋が貼ってあった。
「何て、単純な女だ」
警戒心が薄く、何処までもお人好しで単純な女。
この身を焼かんばかりの他者からの嫉妬も、憎悪も知らない、平凡な女。
呟いた声は、大した音量ではないのに静かな室内に響いて聞こえた。
この家の周囲は住宅街のため、テレビを消すと室内に響くのは時計の針が刻む音のみ。
佳穂が居ないとこの家に居るのはベルンハルト一人で、常に周りに侍従や護衛が付く宮殿とは比べ物にならない程静かだ。
定位置となっているソファーに戻る途中、居間に隣接している和室にピンク色の飾りの少ないデザインの下着が干してあるのが見えて、ベルンハルトは眉を顰めた。
「あいつは一応、女だろ」
後宮のほとんどの女達がベルンハルトと閨を共にする時は、自分の魅力を強調するためか零れ落ちんばかりの大きな胸を強調するような面積の少ない扇情的な下着ばかり着ていた。
干してある色気の感じられない下着を見ても食指は動かない。
神経が図太いというか、無頓着というか恥じらいが無いのか。否、自分に対して媚びる女よりかはマシか。
変わった女だが、ベルンハルトは不快とは思えなかった。
もしも、佳穂がトルメニア帝国へ来たのならそれなりに歓迎してやろうと思うくらいは、既に自分は彼女に対して気を許していると自覚はしていた。
異世界には魔法が無い分科学という技術、薬学等や経済学等の分野はもとの世界よりも発達しており、目新しい機械や習慣等新たな知識を得るためにベルンハルトは膨大な量の書物を読み漁っていた。
異世界の女と心臓が繋がったおかげでこの世界の書物は問題なく読め、本やテレビで気になった情報はインターネットで調べ、家の近所を散歩して家電量販店へ行き家電製品に触れる。
この世界で過ごす時間は信じられないくらい穏やかで、久しく取っていなかった休暇を纏めて取っている気分になっていた。
居間のソファーへ腰掛けたベルンハルトの指先が、タブレットの液晶画面を滑り目的の動画を検索していく。
治めている帝国へ新たな技術を持ち帰るための情報を検索し、画像や動画を魔石へ記憶させ終わるとタブレットの検索履歴を削除した。
これだけの技術情報があれば、たとえ自分の代で竜王の血が薄れてもトルメニア帝国は世界一の大国へと在り続けるだろう。
腑抜けの先帝が軍備と外交に消極的だったせいで、帝国を軽んじ反旗を翻そうとする態度が見え隠れしている一部属国や、不可侵条約を結んでいるが新王が即位してから緊張状態が続いている魔国が動こうとも、この世界で知り得た科学技術があれば大きな力となる。
異世界転移など、貧弱な女と心臓が繋がるなど面倒なことになったと思っていたが、今ならこれは我がトルメニア帝国の更なる発展のため、神の采配があったのかと思えていた。
学生の身分であり今は夏期休暇中だった佳穂は、夏季集中講義を受けに学校へ行くらしい。
此方の世界の学校はどんなものか気になり、ついて行こうか迷っているうちに鞄を手にした佳穂は慌ただしく玄関へ向かっていった。
「じゃあ、行ってきまーす」
「……行ってらっしゃい」
数日前にはぎこちなかったけれども、今では違和感なく言えるようになったベルンハルトからの「いってらっしゃい」の言葉に佳穂は微笑む。
玄関を閉めた佳穂は走って駅まで向かっているのだろう。彼女の気配は遠ざかっていく。
「行ってきます、か。まったくもって変な女だな」
“行ってきます”
“行ってらっしゃい”
今まで生きてきた中でこの台詞を誰かに言うなど考えられなかった。
誰かを見送るなど、相手が気楽に手を振るのをベルンハルトが片手を上げて返事する場面を側近達が見たら顔面蒼白になるか、無遠慮な宰相なら腹を抱えて笑うだろう。
竜王の血を継ぐ皇帝である自分が平民の女に気を使うなど、本来ならばとんでもないことだ。
居間に一人残されたベルンハルトは息を吐く。
佳穂という女は、最初こそは自分と距離を置いていたようだったが、今ではすっかり共に居ることに慣れたらしい。
恋人や夫以外の男と同居しているのに、危機感が薄いというのは女としてどうかと思うが、自分に対して物怖じしないで接する女はそう多くないため、少しばかり扱いに戸惑う。
皇帝の寵を得ようと擦り寄ってくる者達とは異なり、素直に礼を言われる度に、裏表のない真っすぐな瞳で見つめられる度に、心臓がざわめくような妙な感覚になるのは何故なのか。
浮かんでは消える疑問の答えを出して、理解したくは無かった。
飲み物を取りにソファーから立ち上がり台所へ向かい、開けた冷蔵庫には佳穂がベルンハルトへ作ったオムライスが入っていた。
二日前にテレビ番組でオムライスが映し出され「食べてみたい」と言ったのを覚えていたらしい。
ご丁寧にラップをかけたオムライスの上には、「レンジで温めて食べてください」という付箋が貼ってあった。
「何て、単純な女だ」
警戒心が薄く、何処までもお人好しで単純な女。
この身を焼かんばかりの他者からの嫉妬も、憎悪も知らない、平凡な女。
呟いた声は、大した音量ではないのに静かな室内に響いて聞こえた。
この家の周囲は住宅街のため、テレビを消すと室内に響くのは時計の針が刻む音のみ。
佳穂が居ないとこの家に居るのはベルンハルト一人で、常に周りに侍従や護衛が付く宮殿とは比べ物にならない程静かだ。
定位置となっているソファーに戻る途中、居間に隣接している和室にピンク色の飾りの少ないデザインの下着が干してあるのが見えて、ベルンハルトは眉を顰めた。
「あいつは一応、女だろ」
後宮のほとんどの女達がベルンハルトと閨を共にする時は、自分の魅力を強調するためか零れ落ちんばかりの大きな胸を強調するような面積の少ない扇情的な下着ばかり着ていた。
干してある色気の感じられない下着を見ても食指は動かない。
神経が図太いというか、無頓着というか恥じらいが無いのか。否、自分に対して媚びる女よりかはマシか。
変わった女だが、ベルンハルトは不快とは思えなかった。
もしも、佳穂がトルメニア帝国へ来たのならそれなりに歓迎してやろうと思うくらいは、既に自分は彼女に対して気を許していると自覚はしていた。