竜帝陛下と私の攻防戦
揺れる心
たこ焼きを食べに行っただけなのに、散々な一日だったとげんなりしながら佳穂は自宅の玄関を開けた。
元カレとも言いたくない相手に再会して絡まれた上に、ベルンハルトから壁ドンされて首筋にキスされた。
彼の行動に納得がいかないまま、靴を脱いで家の中へ入る。
買い物用エコバックを居間の椅子の上へ置き、佳穂は化粧を落とすために洗面所へ向かった。
「えっ?」
洗面所の鏡を見て、佳穂は何度も目を瞬かせた。
顔を動かして角度を変えて首筋を見て……異変に気が付き「ひぃっ」と悲鳴を上げてしまった。
首筋に点々と付いていたのは赤い痕。
知識として知っていた。
虫刺されにも似た赤い痕。これは、俗に言う、キスマークってやつではないのか。
先程ベルンハルトはただの男除けだと、気にするなと言っていた。
いくら男除けだとしてもこれはやり過ぎだ。
「うう……ひどいっ。こんな状態で街中を歩いていたなんて……これじゃあ恥ずかしいうえに、勘違いされまくりじゃないですか」
「なんだ、俺の女と思われるのはそんなに不満か?」
「な、そーいう問題じゃないって!」
真っ赤になって抗議する佳穂を見ながら、ベルンハルトはニヤニヤ愉しそうに笑う。
半ば嫌がらせでキスマークを付けるとは、なんて酷い男なのだろうか。
「フン、勘違いだと言えぬようにしてやろうか?」
「へ?」
意地の悪い笑みから一転、真顔に戻ったベルンハルトが佳穂の真横の壁へ手を突く。
再びの壁ドン状態に、佳穂の脳内は大混乱になった。
何か言わなければとは思うのに、その思いは言葉にはなってくれない。
ベルンハルトの親指が佳穂の下唇をゆっくりなぞる。
端正な顔が近付いてきて熱い吐息を感じ、観念した佳穂は目蓋を閉じた。
ブーブーブー
ビクッ、ポケットの中に入れていたスマートフォンの振動に驚き、佳穂は大きく肩を揺らしてしまった。
耳元でチッという舌打ちの音が聞こえ、キス寸前の状況を理解して身体中が熱くなる。
自分の状況に焦った佳穂は勢いよく目蓋を開いた。
「ぎゃあっ、んー!?」
「やかましい」
悲鳴を上げかけた佳穂の口を、ベルンハルトの大きな手のひらが覆う。
うーうー、唸る佳穂へ向かって彼は呆れ混じりの息を吐いたのだった。
たこ焼きデートの翌日、佳穂は夏休みの集中講義を受けに大学へ来ていた。
夏休み中の講義でから、欠席する学生が多いと半ば愚痴を教授が言っているのを聞き流して、ぼんやりとホワイトボードを見る。
昨夜、半月ぶりにかかってきた叔父からの様子伺いの電話に曖昧な受け答えばかりしてしまった。
様子がおかしいと叔父から心配されてしまい心苦しくなったけれど、自分の身に起こっていることが非現実的過ぎて相談する気にもならない。
(異世界からやって来た男の人と同居しているだけでも痛い話なのに、その男の人は皇帝陛下だなんて頭が変になったかと余計に心配されるでしょう!)
今まで目立たないように生きてきたというのに、彼、ベルンハルトは銀髪に蒼色の瞳という目立つ色合いと見目麗しい外見のため、とても目立つ。
一緒に出掛けると目立つし、隣を歩くのが貧相な私ときたものだから女の子達から嫉妬を含んだ視線を送られて恐いのだ。
女の子達から羨望の眼差しを送られようがベルンハルトは全て無視しているけど、注目を浴びるのが嫌で堪らない。
自分の外見が平々凡々なんて分かっているのだから。
心臓が繋がらなければ出会うこともなかった、と思いつつ二日前のたこ焼きデート以来彼のことを意識してしまっているのだ。
(満員電車で密着するとか、手を繋ぐとか、壁ドンされた挙げ句キスマーク付けられるとか、これで意識しない方が変だもの!)
心の中で叫んでみても虚しくなるだけ。
たこ焼きを食べた後のことを思い出す度に頭を抱えて悶絶しそうになり、此処が大学の講義室だと思い出し肩からズレたストールを直す。
首のキスマークは「冷房と日焼け対策」で薄手のストールを巻いて誤魔化していた。
首筋のキスマークが見られてしまうのではないかと、気が気じゃなくて講義内容は全く頭に入ってこない。
休み時間になり、佳穂は水筒のお茶を一口飲んで溜息を吐きそうになった。
講義は指定席のため、離れた席に座っていた友人が近付いて来るのが見えたのだ。
何を言われるのかと緊張する佳穂の心を知らない友人は、「お疲れー」と言いながら隣に座る。
「ねぇ、佳穂の元彼グループが話しているのを聞いたんだけど、外国人の彼氏が出来たって本当?」
「外国人の彼氏? 無い無い。あれだけコテンパンにフラれたというのに、直ぐに彼氏は作れないよ。その外国人の男の人は、叔父さんの知り合いで、家にショートステイをしているだけなんだよ」
叔父の知り合いとは、ベルンハルトのことを問われる度に言っている。
友人は残念そうな顔になった後、瞳を輝かせた。
「叔父さんって海外赴任中の? なーんだ。アイツ等、自分達のことを棚に上げて佳穂が外人と浮気していた。みたいなことを言っているからさ。何を言っているんだかーって思ったの。佳穂に限って外人の彼氏は無いよねー」
「佳穂に限って無い」と、同じ事を言われたのは彼女で三人目。
所謂、ふわゆる系女子な彼女は佳穂を下に見ており美形な外国人の彼氏が出来るとは思ってはおらず、彼氏がいない確認して安堵したのだろう嬉しそうに笑う。
明け透けな態度を隠そうともしない友人には、苛立ちよりも女子の怖さを感じて苦笑いをしてしまった。
「まぁ、あの人は私のことを女として見ていないし、私も彼は綺麗すぎて恋愛対象として見られないもん」
それ以上に、異世界人の皇帝は恋愛対象にはなり得ない。その通りなのに、何故だか胸がチクリと痛んだ。
「フリーならさ、今週末の飲み会に来ない? 急に行けなくなった子がいてさー。参加者は○×大の人達と会社員もいるよ」
「うーん、飲み会かぁ」
出会いには期待していないけれど、久しぶりの友人達との飲み会は楽しそうだ。
(もしかしたら、素敵な男の子との出会いがあるかもしれない。ベルンハルトさんに何て説明しようか)
ろくでなしでも異世界人でもない、普通の人との出会いがあったら素敵なのに、何故だが少しだけ胸が重くなりもやもやした気分になった。
元カレとも言いたくない相手に再会して絡まれた上に、ベルンハルトから壁ドンされて首筋にキスされた。
彼の行動に納得がいかないまま、靴を脱いで家の中へ入る。
買い物用エコバックを居間の椅子の上へ置き、佳穂は化粧を落とすために洗面所へ向かった。
「えっ?」
洗面所の鏡を見て、佳穂は何度も目を瞬かせた。
顔を動かして角度を変えて首筋を見て……異変に気が付き「ひぃっ」と悲鳴を上げてしまった。
首筋に点々と付いていたのは赤い痕。
知識として知っていた。
虫刺されにも似た赤い痕。これは、俗に言う、キスマークってやつではないのか。
先程ベルンハルトはただの男除けだと、気にするなと言っていた。
いくら男除けだとしてもこれはやり過ぎだ。
「うう……ひどいっ。こんな状態で街中を歩いていたなんて……これじゃあ恥ずかしいうえに、勘違いされまくりじゃないですか」
「なんだ、俺の女と思われるのはそんなに不満か?」
「な、そーいう問題じゃないって!」
真っ赤になって抗議する佳穂を見ながら、ベルンハルトはニヤニヤ愉しそうに笑う。
半ば嫌がらせでキスマークを付けるとは、なんて酷い男なのだろうか。
「フン、勘違いだと言えぬようにしてやろうか?」
「へ?」
意地の悪い笑みから一転、真顔に戻ったベルンハルトが佳穂の真横の壁へ手を突く。
再びの壁ドン状態に、佳穂の脳内は大混乱になった。
何か言わなければとは思うのに、その思いは言葉にはなってくれない。
ベルンハルトの親指が佳穂の下唇をゆっくりなぞる。
端正な顔が近付いてきて熱い吐息を感じ、観念した佳穂は目蓋を閉じた。
ブーブーブー
ビクッ、ポケットの中に入れていたスマートフォンの振動に驚き、佳穂は大きく肩を揺らしてしまった。
耳元でチッという舌打ちの音が聞こえ、キス寸前の状況を理解して身体中が熱くなる。
自分の状況に焦った佳穂は勢いよく目蓋を開いた。
「ぎゃあっ、んー!?」
「やかましい」
悲鳴を上げかけた佳穂の口を、ベルンハルトの大きな手のひらが覆う。
うーうー、唸る佳穂へ向かって彼は呆れ混じりの息を吐いたのだった。
たこ焼きデートの翌日、佳穂は夏休みの集中講義を受けに大学へ来ていた。
夏休み中の講義でから、欠席する学生が多いと半ば愚痴を教授が言っているのを聞き流して、ぼんやりとホワイトボードを見る。
昨夜、半月ぶりにかかってきた叔父からの様子伺いの電話に曖昧な受け答えばかりしてしまった。
様子がおかしいと叔父から心配されてしまい心苦しくなったけれど、自分の身に起こっていることが非現実的過ぎて相談する気にもならない。
(異世界からやって来た男の人と同居しているだけでも痛い話なのに、その男の人は皇帝陛下だなんて頭が変になったかと余計に心配されるでしょう!)
今まで目立たないように生きてきたというのに、彼、ベルンハルトは銀髪に蒼色の瞳という目立つ色合いと見目麗しい外見のため、とても目立つ。
一緒に出掛けると目立つし、隣を歩くのが貧相な私ときたものだから女の子達から嫉妬を含んだ視線を送られて恐いのだ。
女の子達から羨望の眼差しを送られようがベルンハルトは全て無視しているけど、注目を浴びるのが嫌で堪らない。
自分の外見が平々凡々なんて分かっているのだから。
心臓が繋がらなければ出会うこともなかった、と思いつつ二日前のたこ焼きデート以来彼のことを意識してしまっているのだ。
(満員電車で密着するとか、手を繋ぐとか、壁ドンされた挙げ句キスマーク付けられるとか、これで意識しない方が変だもの!)
心の中で叫んでみても虚しくなるだけ。
たこ焼きを食べた後のことを思い出す度に頭を抱えて悶絶しそうになり、此処が大学の講義室だと思い出し肩からズレたストールを直す。
首のキスマークは「冷房と日焼け対策」で薄手のストールを巻いて誤魔化していた。
首筋のキスマークが見られてしまうのではないかと、気が気じゃなくて講義内容は全く頭に入ってこない。
休み時間になり、佳穂は水筒のお茶を一口飲んで溜息を吐きそうになった。
講義は指定席のため、離れた席に座っていた友人が近付いて来るのが見えたのだ。
何を言われるのかと緊張する佳穂の心を知らない友人は、「お疲れー」と言いながら隣に座る。
「ねぇ、佳穂の元彼グループが話しているのを聞いたんだけど、外国人の彼氏が出来たって本当?」
「外国人の彼氏? 無い無い。あれだけコテンパンにフラれたというのに、直ぐに彼氏は作れないよ。その外国人の男の人は、叔父さんの知り合いで、家にショートステイをしているだけなんだよ」
叔父の知り合いとは、ベルンハルトのことを問われる度に言っている。
友人は残念そうな顔になった後、瞳を輝かせた。
「叔父さんって海外赴任中の? なーんだ。アイツ等、自分達のことを棚に上げて佳穂が外人と浮気していた。みたいなことを言っているからさ。何を言っているんだかーって思ったの。佳穂に限って外人の彼氏は無いよねー」
「佳穂に限って無い」と、同じ事を言われたのは彼女で三人目。
所謂、ふわゆる系女子な彼女は佳穂を下に見ており美形な外国人の彼氏が出来るとは思ってはおらず、彼氏がいない確認して安堵したのだろう嬉しそうに笑う。
明け透けな態度を隠そうともしない友人には、苛立ちよりも女子の怖さを感じて苦笑いをしてしまった。
「まぁ、あの人は私のことを女として見ていないし、私も彼は綺麗すぎて恋愛対象として見られないもん」
それ以上に、異世界人の皇帝は恋愛対象にはなり得ない。その通りなのに、何故だか胸がチクリと痛んだ。
「フリーならさ、今週末の飲み会に来ない? 急に行けなくなった子がいてさー。参加者は○×大の人達と会社員もいるよ」
「うーん、飲み会かぁ」
出会いには期待していないけれど、久しぶりの友人達との飲み会は楽しそうだ。
(もしかしたら、素敵な男の子との出会いがあるかもしれない。ベルンハルトさんに何て説明しようか)
ろくでなしでも異世界人でもない、普通の人との出会いがあったら素敵なのに、何故だが少しだけ胸が重くなりもやもやした気分になった。